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『瞬殺猿姫(33) 猿姫たちは窓からのぞく』

小説:瞬殺猿姫 連載小説

神戸城の二重櫓の二階。

砂が落ちてざらざらした床板の上に腰を降ろして、猿姫(さるひめ)は物憂げな顔だった。

彼女の傍らに同じく織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)があぐらをかいている。

三郎は座ったまま、頭を垂れていた。

居眠りしている。

彼の方に何気なく目をやりながら、猿姫は夜具のことを考える。

三郎を寝かせるために、敷物の一枚も欲しい。

これから夜戦が始まるはずだ。

今後のために三郎と共にその戦を見物しておいた方がいい、とは思う。

ただ、明日以降の旅路を思えば、三郎には睡眠を取らせておきたかった。

思案する猿姫から離れ、壁際に蜂須賀阿波守(はちすかあわのかみ)がいる。

彼はのぞき窓の格子の間から、飽きることなく外を眺めているのだ。

あの男は戦を経験しているのだろうか、と猿姫は気になった。

美濃国の大名である斎藤家の家臣を名乗り、猿姫と三郎よりもひと回り年かさの阿波守である。

猿姫と争う際には木曽川の船頭たちを操っていた。

人を使う立場で、戦に動員されていても不思議ではない。

いけすかない男だが、今後も同行させれば役に立つことがあるかもしれないな、と猿姫はぼんやり思った。

櫓の外で、ざわめき声がする。

猿姫が見ている前で、阿波守はのぞき窓に張り付いた。

「おお。始まるらしいぞ」

誰に言うでもなく、興奮した声をあげた。

居眠りしていた三郎が、反射的に頭を上げる。

猿姫は立ち上がった。

自分も、阿波守の隣に行く。

肩を並べて、窓の外をのぞいた。

「何でござる、頃合でござるか」

眠たそうな声をあげて、三郎も立ち上がった。

ふらつく足取りで、猿姫の隣へ。

三人が肩を並べて、のぞき窓に張り付いている。

二の丸の西の隅に立つ二重櫓である。

窓から、城の掘の外側が眺められるのだ。

掘を満たす黒々とした水が、堀に沿って焚かれたかがり火の明かりを照り返している。

その堀の外側を取り巻くように、胴巻きと得物で武装した神戸家の足軽たちが、並んでいた。

彼らの間に、緊張感が走っていた。

西方の彼方、闇の中に、おびただしい数の明かりが揺れている。

揺れながら近づいてくる。

「あれに見えるは、関家の兵でござろうな」

三郎が喉を引きつらせるような声で言った。

緊張しているのだろう。

猿姫自身も緊張を覚えながら、うなずいた。

武芸者としての立会いはそれなりの回数に及び、これまでに他人の命を奪ってもいる。

しかしそんな彼女にも、まだ戦の経験はない。

戦になれば、どんなことが起こるのか、わからないのだ。

「わざわざ夜分に攻めかかるなら、隠れて夜討ちをかければよいのだ」

外を眺めたまま、阿波守はぶつぶつと言った。

明かりを持って近づいてくる関家の軍勢を、批判したいらしい。

「もっとも、よほど数で勝るなら、そんな小細工もいらないわけだが」

続ける阿波守。

三郎が何か思い出したような顔で、阿波守、次いで猿姫の顔を見た。

「猿姫殿」

「何か?」

「一子殿が言っておられたこと、覚えておられるか」

一子(かずこ)の名を聞いて、猿姫は眉をひそめた。

忍びの女、一子。

財布を奪った猿姫を追い、さらには自分の仲間を刺客によこして、猿姫を人事不省の状態にまで追い詰めている。

猿姫の中では、一子の名前は油断のならないものになっている。

「一子が何を言っていた?」

「夜討ちのことでござる」

「何か言っていたかな」

「ほら、我らが縁側にいる頃に」

「うん。そう言えば」

本丸御殿の縁側にいた猿姫と三郎のところに、一子が一度、現れている。

そのときの会話を、猿姫は思い出そうとした。

関家が攻めてきて、神戸城は落とされる。

そういう話を一子はしていたはずだ。

「確か、六角家も一緒になって…とか」

猿姫は思い出していた。

六角家という聞き慣れない名前が出たことを覚えている。

「そうです」

三郎はうなずいた。

「何?六角家がどうした」

阿波守が二人の方を見た。

二人の会話に、興味を引かれたらしい。

「阿波守殿は、六角家はご存知でござるな?」

「当たり前だろう。我が斎藤家の美濃国と六角家の近江国とは隣接している。境界での小競り合いも数え切れん」

「その六角家がこたびの夜討ちに関与している旨、例の忍びが我らに告げたのでござる」

三郎は正直に説明した。

「ほう」

阿波守の目が鋭くなった。

「神戸城攻めを、六角家がけしかけたと言うのか?」

近江国守護大名、六角家。

守護とは室町幕府下の役職で、大雑把に言えば各国の支配者を意味する。

幕府の威勢が衰えたことに伴い守護大名六角家の名声も落ちつつあるが、それでもなお近江南部と周辺の国々に対し、巨大な影響力を持つ。

過去には一族から「ばさら大名」、京極道誉(きょうごくどうよ)という逸材を生み出した家柄でもあった。

現在の当主は、六角左京大夫義賢(ろっかくさきょうだゆうよしかた)という男である。

「つまり、由緒ある家柄なのでござる」

三郎は、猿姫に対してやたらと武家の由緒を語りたがる。

その手の話にまったく興味のない猿姫は、それなりの相槌を打ちながら三郎の相手をするのだった。

「で、六角家が今回の戦の裏にいるのだな?」

業を煮やした阿波守は、再度三郎に語りかけた。

振り返る三郎。

「いえ、その委細はわかりませんが、六角家の軍勢が関家に同道するとも聞いています」

三郎はそつなく答えた。

猿姫は疑わしい顔で、三郎の横顔を見つめている。

全ては、怪しい忍びの女、一子が何の根拠も挙げずにまくしたてたことだ。

信じるに足るものかどうか、疑わしい。

三郎の言葉に、阿波守はうなずいて、のぞき窓に顔を戻した。

格子の隙間に目を近づけている。

「しかしまあ、あの明かりの数自体では、兵の数がいかほどなのか見当がつかん」

首をひねった。

三郎と猿姫も、窓の外を見る。

三人でそうして立ったまま、遠方から関家方の軍勢がやってくるのを見守った。

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