『有能な人物』
一面の芝生が広がっている。
午後の運動公園である。
ジュースを買いに、自販機に向かう。
芝生の上を歩いていく。
行く先に、ごろごろと寝転がっている人たちがいた。
半端でない数の、横になる人々だ。
芝生を埋め尽くさんばかりだ。
老若男女、分け隔てなく寝転んでいる。
芝生は日光をたくさん浴びて、ちょうどいい温かさなのだ。
寝転がるのも無理はない。
そんな無数の人たちの間を通り抜けながら、義雄(よしお)はうらやましい気持ちでいる。
ちっ、と横から舌打ちが聞こえた。
義雄と一緒に自販機に向かっている、福田氏だ。
アイロンの効いたスーツを着て、磨きぬかれた革靴を履いている。
身なりに気を遣っているのだ。
彼は眉間に皺を寄せて、口元をゆがめて寝転がる人たちを横目で見ている。
ああ、と義雄は思った。
福田氏は、昼日中から芝生の上に寝転がる人たちが嫌いなのだ。
わかりやすい人だ。
寝転がる人の群れから離れた。
木陰にさしかかっている。
ここいらは、芝生が日光を含んでいないので、冷たいのだ。
「ごろごろと、目障りだったな」
福田氏は吐き捨てるように言った。
義雄は苦笑いしてごまかした。
「平日の昼間から公園でごろ寝だぜ。他にやることもないんだろうな」
福田氏は他に誰も聞いていないのを言いことに、言いたい放題である。
義雄は苦笑いを続けた。
腹の中では、おたくの知ったことではないでしょ、と思っている。
自販機のある場所にたどり着いた。
義雄と福田氏は、それぞれの缶入り飲み物を買った。
自販機の脇に肩を並べて、飲み物を飲む。
芝生の彼方に、寝転がる人々の姿が見える。
缶を口につけてジュースを飲みながら、義雄は彼らの姿を見やった。
自分もあの中に混じりたい、と思っている。
「ろくでなしの集まりだな」
隣で、また福田氏がぼやいている。
義雄は口に含んでいたジュースを吹き出しそうになった。
「俺らが世の中を回している間に、あの手の連中は無駄に空気吸ってんだぜ」
「そうなんですかねえ」
口元を拭い、曖昧に答える義雄。
だんだんと、福田氏のことを持て余し始めた。
彼は、有望な人物、らしい。
世間的にはそう言われている。
本人はそれを鼻にかけた表情だ。
有能な人物なら、義雄は尊敬する。
だが福田氏の場合、有能かどうかよりも、有能ぶっている態度ばかりが伝わってくる。
そして芝生で寝転がる人たちを見る福田氏の視線は、蔑視だ。
自分も芝生で寝転がりたい義雄は、居心地が悪い。
だが付き合いがあるので、福田氏を避けるわけにもいかない。
仕方なく、持て余しながらも、福田氏の蔑視に追従している。
「帰り、またあの連中の隙間を縫って歩くのは、気分が悪いな」
乱暴にそう言って、福田氏は義雄の方を見た。
「時間かかるけど、遠回りして帰るぞ?」
有無を言わさない調子だ。
「向こうに寄り道したい場所があるので、一人で行きます」
義雄は反射的に答えていた。
この人にはこれ以上付き合えない、と思う。
寝転ぶ人たちのいる方角を指した。
「はあ?寄り道するような場所なんてあったか?」
福田氏は怪訝な顔。
義雄は無言でうなずいた。
「…勝手にすればいいが、まだ仕事残ってるんだから遅くなるなよ」
怪訝な顔のまま、福田氏は違う方角に歩いて行く。
義雄は彼の後ろ姿を見送る。
公園の果てに、福田氏の影は完全に見えなくなった。
義雄はようやく安堵の息をついた。
厄介払いだ。
これで、自分も芝生で寝転がることができる。
束縛から解放されて、義雄は身軽な気持ちで温かい芝生の界隈へ向かった。
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