『私と竹林の守護』

最近、日本的な場所に飢えていた。

日本的、にもいろいろあるが、京都の嵯峨野のような場所を私は求めている。

美しい竹林の間に立って、竹の香りを吸い込みたかった。

そんなわけで、時間があれば、近所の竹林に出かけている。

もともと住んでいるのが山間の住宅地で、わずかな距離を歩くだけで、山深い場所に出られる。

そこに件の竹林があった。

近所にこんな雰囲気のいい場所があったのか、と驚かされるほどの雰囲気のよさだ。

竹の香りも充満している。

山の斜面に、京都の嵯峨野を再現したような竹林だ。

私は空き時間を見つけては、この竹林に通っている。

 

ところでこの竹林、いつ行っても、中で幼い女の子が二人で遊んでいる。

小学校低学年ぐらいの二人。

顔立ちそのものは似ていないので、姉妹ではないらしい。

だが表情と全体の雰囲気がよく似ている。

スカートを履いた子と、短パンを履いた子。

いつも二人は似たような雰囲気なので、私は服で見分けていた。

それぞれの個性はよくわからないのだ。

不思議な二人である。

今日も私が竹林の日陰に足を踏み入れるなり、竹の合間から二人は姿を現した。

私の姿を見つけて、面白がって近づいてくる。

「おじん、元気か」

口が悪い。

「おじんじゃないよ、まだお兄ちゃんだよ」

「おじん、元気か」

二人とも私をおじんと呼ぶ。

何度訂正しても、らちが明かないので、彼女たちの呼びたいようにさせておくのだ。

いつもにこにこと笑顔。

話すときには、二人で同じ内容を交互に分担して話す。

顔立ちは違うのだが、どちらがどちらだが私には覚えられない。

服装で見分けるのは、そういうわけだった。

「おたくたち、いつ来ても、いるね」

「そう言うおじんも、いつも来るね」

にこにこしながら声を合わせて、こちらの口調を真似る二人。

山のすぐふもとにある住宅地に住む子たちなのだろう。

でなければ、こういつ来ても竹林の中にいる説明がつかない。

私の早く目が覚めた平日の早朝、早く帰宅できた夕暮れ時。

週末の昼下がり。

いつ竹林に来ても、彼女たちはそこにいる。

私は日本的な風景を求めて来ているわけで、地元の子供と会うことが目的ではない。

それでも何度も会って言葉を交わすうち、彼女たちとの会話が楽しみになってきている。

口は悪いけれど、朗らかで、毒気のない娘たち。

つかの間の時間が、楽しいのだ。

彼女たちと他愛ない会話を交わしながら、竹林を通り抜けて山の上に出る。

するといつの間にか、彼女たちはいなくなっている。

私はそのまま、山の上にある住宅地の中を通り、坂道を降りて自宅に戻るのである。

最近の、いい気分転換だった。

 

週末の午前中、竹林にやってきた。

竹林の中に入ると、日光は密生する竹の隙間からわずかにこぼれてくるばかり。

竹の間を、静かな風が吹き抜ける。

二つの気配が、竹林を歩く私の背後に近づいてくる。

両手首に柔らかいものが触れ、左右後方から引っ張られた。

いつもの二人が私を両脇から引っ張っている。

私は一歩後ろにいる彼女たちの顔を交互に見た。

なんだか二人とも、浮かない顔をして私の両手首をつかんでいるのだ。

「おたくら、何してんの」

「あのさおじん、今日はもうおかえりよ」

二人で声を合わせて、しかし不安そうな声で言った。

「なんで?」

私の問いに、二人は一瞬躊躇する。

その後、やむを得ずと言った様子で答えた。

「お化けがいるの…」

「お化け?」

私は思わず高い声をあげた。

二人は、それぞれ空いた手の人差し指を、自分の口元にあてた。

静かにしろ、という仕草。

「すぐ向こうにいるんだよ」

「何が?」

「お化けが」

要領を得ない。

しかし、彼女たちの常ならぬ雰囲気が、私は気になった。

そのお化けとやらを見てみたい。

「おたくらはここにいな、僕が見てくるから」

「やめなよ」

二人は喉をこするような妙な声をあげて、私の両手首を引っ張る。

彼女たちには構わず、手首に抵抗を感じながらも私は竹林の中の緩い坂道を進む。

いつの間にか、手首と腕にかかる重みが軽くなっていた。

振り返って見ると、二人の姿はない。

気ままな人たちだ。

鼻で笑い、私はお化けなるものを探し道を進む。

 

竹林の中から、ラジオ放送の音声が流れてくる。

おや、と思った。

道からそれた竹林の奥に、人の姿がある。

三人。

男性ばかりだ。

竹の合間、葉が積もる中を、がさがさと音をたてて動き回っている。

いずれも作業着にヘルメット、首の周りにタオルを巻き、軍手をつけている。

腰のベルトから、短いノコギリを提げている。

あれは、竹を切るためのものだ。

三人は、竹の間伐に来たらしかった。

今は竹の間を動き回って、どの竹を間引きしようか、選定しているらしい。

竹の葉で埋まる地面の上に、大きなラジオを置いて番組を流している。

やはり住宅地の近くでもあるので、適度に竹を伐採しておかないといけないのだろう。

増えすぎた竹を放置すると、竹が土中に深く根を張り、地盤が不安定になって土砂崩れの原因にもなる。

あの方たちは間伐をしてくださる、立派な方々じゃないか。

お化けとは失礼な。

私は先ほど聞いた女の子たちの言葉を訝しく思いながら、竹林を通り抜けた。

 

しばらく経った別の日、また竹林に来た。

女の子たちに出迎えられる。

「おじん、今日もお化けがいる」

二人で声を合わせ、私に訴えた。

前回よりも、表情に落ち着きが無い。

「お化けじゃないでしょ、竹切りに来たおじさんたちでしょ」

私はたしなめる。

「おじさんじゃないよ、お化けだよ」

二人は言い張った。

様子がおかしい。

前回よりも、怯えている。

「あの三人いるおじさんたちがお化けなの?」

確認する私に対して、娘たちの反応は極端だった。

目を見開いて、体を強張らせている。

そんな彼女たちを見て私も戸惑う。

「おたくら、いったいどうしたの」

「怖いんだよ」

二人が同時に言って、身を寄せ合う。

お互いの体を抱きしめ合った。

大げさだ。

「でもね、あれは間伐に来てくれてる人たちだから…」

「竹切りの人は、一人しかいないよ」

スカートの女の子が、つぶやくように言った。

「いや、でも竹林の奥に三人…」

「お化けだよ」

短パンの子が言った。

 

気は進まないのだが、怯えている女の子たちを見たので、気が収まらない。

確認しなければ。

二人を置いて先に歩いていくと、ラジオの音が聞こえる。

前回来たときは、伐採する竹の選定のために、三人の男性が竹林内を歩き回っていた。

現場に近づいていく。

いた。

竹林の中に三人。

前回と同じ人たちだろう。

いずれも頭にヘルメット、作業着に首のタオル、軍手。

手に持った短いノコギリ。

地面にラジオを置いて放送を流しながら、おのおの散開して竹を切っている。

そう言えば、前に来たときよりもその周辺の竹がずいぶん減っているように見える。

遮断するものがなくなり、日光がさんさんと降り注いでいるのだ。

間伐は必要だとしても、これはやりすぎではないだろうか。

竹林の維持というより、これでは破壊だ。

日本的な竹林を愛する私は、人知れず不満を胸にためる。

しかし今は、あの人たちが正常なのかどうか確認しなくてはいけない。

私は遠くの道から三人を眺めながら、躊躇する。

 

一人の作業員がノコギリで竹を切り終わった。

切られた長い竹は、音をたてて根から滑り落ちる。

男性は斜面の下に竹を蹴り転がした。

見事だ。

彼は額の汗を服の袖で拭いながら、何気なくこちらを見た。

目が合う。

彼が妙な歓声をあげるのが聞こえた。

「おいそこの兄ちゃん、こっち来てみな」

声をかけてきた。

私は躊躇した。

さらにその作業員は、こちらに手招きをする。

やむなく、私は竹林の奥に踏み込んだ。

女の子二人が言っていた「お化け」という言葉が頭の中に響く。

 

「これな、こうして竹を切っておかんと、えらいことになるんだ」

作業員は自分の足元に残った竹の根元を、横に立つ私に示している。

「あんたみたいな若い人は知らんだろうが、竹は土の中に根を張るからな。どんどん増えていく。それでこうやって方々の竹を切って、後でまとめてこの根っこ共を始末するんだわ」

私はうなずいた。

何も考えていない。

今私の横に立つ作業員からは、ともかくも生気を感じる。

ところがあとの二人は、私が近くに来ても全く反応せず、竹を切り続けている。

いつまで経ってもノコギリを竹の腹に当てて、押し引きしている。

ノコギリで挽かれているはずの竹には、何ら変化がない。

その竹に注意も払わず、二人の作業員は無表情に無意味な作業を続ける。

「竹切りの人は、一人しかいないよ」の意味が、今わかった。

生きている人間は、一人だけ。

緊張している私の横で作業員が、鼻を鳴らした。

「ところで兄ちゃん、アルバイトする気ねえか?」

急な申し出だ。

「アルバイトですか…」

「うん。見ての通り竹林は広いのに、たった三人で、手が回らないんだわ」

私は、拳を握り締める。

息を吸い込んだ。

「三人なんですか?」

「うん?」

「本当は、あなた一人ですよね?」

私は、声に出した。

これまで彼から目を逸らしていた。

しかし、口にしてしまった以上、もう覚悟を決めないといけない。

この男はお化けに加担して、竹林を根絶やしにする気なのだ。

横にいる作業員の顔に、視線を向ける。

彼は、口をだらしなく開けたまま、笑っていた。

笑いながら目が釣り上がり、小さくなった瞳孔が私の目を捉えている。

「兄ちゃん、お前だって取り憑かれてる身の癖に、俺を批判して仕事にけちつけるのかよ?」

これまでとは違う、押し殺した声音。

近くでいつまでも竹を挽いていた他の作業員二人も、こちらを見た。

私の横に要る作業員と同じ顔、同じ表情。

お化け。

一歩後ろに引こうと思ったが、体が痺れて動けない。

こんな竹林に来るんじゃなかった、と思う。

その瞬間、背中に迫る二つの気配を感じた。

つつましく、私にとって身近な気配。

体の脇に垂らしたまま固まっていた両手首に、左右から温かいものが触れた。

私も、守られている。

体が、動いた。

深呼吸ができた。

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