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『手間のかかる長旅(087) 話題を探す、無趣味な時子』

アリスと二人で歩きながら、時子(ときこ)は話題を探している。

アリスは「タレントの仕事は頓挫した」と語った。

ついこの間まで、彼女はそのタレントの仕事で生計を立てていたはずだと時子は思う。

えらく急な話だった。

そうした個人的な話を掘り下げるべきではないし、アリスもあまり話したくはなさそう…。

そんな気遣いで、時子は何か他の話題を探している。

だが、無趣味な時子の脳裏に浮かぶ話題は少ない。

職業安定所まで、長い距離を感じる。

アリスと二人きりでいる機会も珍しい。

いつも、だいたい町子(まちこ)が一緒にいるからだ。

アリスも静かだ。

「前職については何も語らない。察して欲しいにゃ」

そんな彼女が急に言葉を挟んだ。

「えっ」

「何も語らない」

「あ、うん」

時子は慌ててうなずいた。

そうか、と思った。

昨日、アリスは泣いたり笑ったり忙しくして、例の喫茶店でお酒を飲んだ。

それもいきさつがあってのことだったのだ。

そう時子は思い至った。

やはり、詮索しないでよかったのだ。

「いろいろあるよね」

世間並みに時子は受け答えて、話題を変えようとした。

「そうよね」

答えるアリス。

うなずいて、時子は次の話題を脳裏で探す。

何が脳裏に浮かぶだろう。

時子は今朝、朝食にご飯とたくあん漬けと味噌汁を食べた。

たくあん。

「アリス、たくあん好き?」

口走りながら、無趣味な身を呪った。

話題が無さ過ぎる。

朝食べたものの名前が、そのまま口から出てくる。

「たくあん?」

横にいるアリスは意表を突かれて時子を見た。

「何、たくあんがどうした?」

「あの、好き?」

我ながら何を聞いているのだろう、と時子は思った。

自分でもたくあんに関心などない。

時子の顔を見ながら、アリスは首をひねっている。

「たくあん…」

「うん」

アリスは、反対側にも首をひねった。

「最近食べたよ」

時子に話を合わせようとしてなのか、自信なさそうに答えた。

「本当?どこで?」

話を切り上げることもできず、時子は続けた。

「ええと…」

歩きながら、アリスは苦しそうにうなった。

彼女の中で、たくあんはよほど頼りない記憶にあったものなのだ。

「お寺で食べた」

「お寺で?」

時子は思わず高い声をあげていた。

アリスとお寺とたくわんの組み合わせは、面白い。

「お寺でたくわん食べたの?」

「うん、仕事でお寺で撮影をして、確かたくわんもそこに…」

アリスは苦しげに言った。

まずい、と時子は思う。

前職の話には立ち入らない約束だった。

でも、お寺で撮影の最中にたくわんがどういう役割だったのか、気になる。

「たくわんのコマーシャルだったの?」

時子は好奇心に負けて尋ねた。

「違うにゃ」

言下に否定するアリス。

「テレビの仕事で、外国人タレントにお坊さんを論破させる、という企画だった」

早口に言った。

アリスは、テレビの仕事もしていたのだ。

テレビに自分の友人が出演しているところを見たかった、と時子は思う。

しかし内容については、理解しかねた。

テレビ局は、アリスにお坊さんの何を論破させたのだろう。

「アリスは何を論破したの?」

「何だろう、とにかくお寺さんを否定しろ、とディレクターに言われて。宗論って言うの?」

「宗論?」

「わからないけれど。たくわんは、そこの精進料理についてきたにゃ」

「精進料理?」

時子は、精進料理のことをよく知らない。

二人で歩いている。

この話題は、掘り下げればいろんなネタが出そうだ、と時子は思った。

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