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『陣中、禅寺での美味しい食事』

私は主君と共に、ある禅宗の寺に滞在することになった。

戦の最中である。

軍勢を率いて、我々は隣国の領土に攻め込んだ。

そして我が国との境界近くにある隣国側の寺に、陣を敷いたのだ。

この寺は、平安の昔より続く古刹である。

もとは小さな寺であったのが、鎌倉幕府の頃になって、流行に乗り宗派を禅宗に改めた。

禅宗は、己を厳しく律するをその旨とする。

その教えは、武家の生活哲学に通じるところがある。

そんなわけで、この寺も禅宗に宗旨替えしたことで、周辺の武士たちから以前にも増した崇敬を集めることとなった。

近年にいたるまで武家を中心に大きく檀家を増やし、今や隣国において大きな権威を持つようになっている。

隣国の大名からもその権威を認められ、広大な寺領を誇るようになった寺である。

主君と私は、軍勢を率いて隣国の領土を侵略し、そんな寺に押しかけたのだ。

兵たちを境内に野営させ、我々は僧坊の一つに滞在している。

「腹が減ったな」

上座に設けられたしとねの上で物憂げな姿勢を取りながら、主君は言葉をもらした。

私は緊張した。

普段は、無口な主君である。

その彼が私の前で口を利くときは、それは要求を意味しているのだ。

「もうそんな頃合でございますかな」

私の言葉に、主君は私には目を合わせず、小さくうなずいた。

これはうかつだった。

確かに、本国から長らく行軍を続けてきて、丸一日我らは何も口にしていない。

兵たちは寺内にいて、好き勝手に炊事をしているはずだ。

しかし主君は、自分の気ままで勝手に炊事をできる立場ではないのである。

私が、気を利かせないといけないところだ。

「うかつでありました。坊様たちに食事の催促をして参ります」

「しかし、今からか…」

私の言葉を聞いて、主君の顔に暗い色が浮かぶ。

当然だ。

もし寺の坊様たちに何の心構えもなければ、彼らはこれから食事の準備をすることになるだろう。

とすると、主君が食事にありつけるまでにはしばらくかかる。

これはうかつだった。

「失礼つかまつる」

内心の動揺を隠し、私は主君に頭を下げた。

立ち上がり、室内を出る。

この僧坊には、庫裏(炊事場)が併設されている。

そこに足を運んでみた。

 

庫裏では、寺の僧が数人、炊事に励んでいる。

土間のかまどには、火がおこされている。

このかまどの近くに、車輪がついた木製の台を置き、その台の上に大量の食材を乗せている。

調理の過程に応じて、その台の上から食材をかまどの鍋の中に投入するのだ。

ざっくりと見たところ食材は、きのこ、わらびなどの山菜を主とするようだ。

私は鍋の中を大きな杓子でかき混ぜている、一人の若い僧侶に声をかけた。

「もし、我らのために食事の手配をお願いしたいのだが」

こちらは大軍勢で無理やり攻め込んだあげく、無理に当寺を本陣と定めた身である。

慇懃無礼に務めるに限る。

私の言葉を受け、かき混ぜる手を止めもせず僧侶はこちらを振り返った。

厳しい視線。

禅僧のたたずまいには、武士である私も折々に恐縮させられる。

私は、身が引き締まるような思いがした。

「ご心配なきよう。和尚から命じられて、貴殿らのために食事を整えております」

件の僧は、冷静な答えを返してくる。

その間にも鍋の中身を、杓子で混ぜ混ぜ。

「それはかたじけない」

私は頭を下げた。

「して、我々がその食事をいただけるのは、いつ頃になりましょうか」

「ほどなく整います故、居室にて今しばらくお待ちくだされ」

私とて大軍を預かる将であるのだが、私に対する鍋の前の若い僧は、何ら気後れするところがない。

かえって私の方が相手の顔色をうかがっている始末であった。

面白くない。

「承知いたした。よろしくお願いいたす」

言葉少なに答えて、私は主君の待つ居室に戻った。

 

戻った私を仰ぎ見た主君の視線によると、もう腹が減って仕方ないようだ。

私はうなずき返した。

「ぬかり無い僧たちでござる。すでに我々のために食事を準備してござった」

「であるか」

安心したように息をついて、主君もうなずいた。

私もひと安心する。

ともかくも主君からの信頼は保てそうだ。

 

ややあって、居室に食事が運ばれた。

先ほどの若い僧を含む庫裏にいた僧たちが、食事の膳を主君と私、そして小姓の前に据える。

上座の主君の脇にいた私と小姓は、目の前に据えられた膳を見て、思わず声をあげていた。

「あっ」

皿の上に、鶏肉と思しき焼肉、あと見るからに鯛であろう、焼き目をつけた魚肉が横たわっている。

それらの脇には、味噌で煮付けられた山菜類が添えられていた。

しかし、なんということだ。

ここは規律厳しい禅寺、それなのによりにもよって、膳上に畜肉が供せられようとは。

私は思わず主君の顔に目をやる。

主君は主君で、困ったように私と小姓の顔を見比べていた。

僧たちは居室から去ったが、件の若い僧一人がその場に残り、座敷に片膝を付いて待機している。

抜かりのない態度だ。

おそらくは、我らの反応を見越してのことであろう。

「もし」

いてもたってもいられず、私は若い僧の方に声をかけた。

「この食事、畜肉を用いているように見受けられますが」

「何か支障がございましたか」

平然と、こちらを見返す僧である。

私は、言葉に詰まった。

「いえ…」

まさか禅寺での食事で、肉が出るとは思わなかったのだ。

それで驚いている。

しかし理屈で考えれば、食べるのは武家である私たちなのだから、何ら不都合はない。

だが…割り切れない思いが残る。

この僧侶たちは、我ら客人のためとは言え、殺生に加担したことになるのではないか?

「よろしいのでござるか」

迷いながら、私は口にした。

「何がでしょう?」

私を見据える若い僧。

主君と小姓も、私と僧とを見守る。

「寺内でこのような、畜肉を供されるのは…」

私は幾分口ごもりながら、僧に対して訴えるような口ぶりになった。

僧は口元にわずかな笑みを浮かべる。

「和尚からの心遣いであります」

「心遣いですと」

「左様。貴殿らは戦の最中でありましょう。畜肉のひとつも口にせず、戦で勝つための活力は得難いであろうという和尚の心遣いであります」

私は、呆れて返事ができない。

そんなことがありえるのだろうか?

この寺は、当地を治める大名より長年その権威を認められ、優遇されている経緯がある。

そこへ攻め込んだ我らに対し、戦での勝利を願い彼らが畜肉を振る舞う、などという道理があろうか?

困惑して私は主君の顔を見た。

主君は落ち着いた顔をしている。

私は、はっとした。

我が主君が落ち着いているときには、私は口を挟むべきではない。

それは、彼に言うべき言葉があるときなのだ。

私が口をつぐんだのを確かめ、主君は、おもむろに口を開いた。

「貴僧らの気遣い、あっぱれである」

静かながら、素直に相手をたたえる調子である。

こうした場合、主君に相手に対しての敵意は無いと見て取っていい。

若い僧は主君の言葉を受けて、座したまま深く頭を下げた。

「そして仏の教えを曲げてまでの歓待、いたく感じ入った。この夕餉、有難くいただくことにする」

主君は、厳かに告げた。

膳の上の、箸を取る。

鶏の焼肉、次いで魚肉にそれぞれ箸先をつけ、口に運んだ。

肉を口内で咀嚼し、主君の表情が緩む。

主君に習い、私と小姓も箸を取った。

料理を口に運ぶ。

鶏肉は味噌、魚肉は塩で味付けされている。

どちらもちょうどいい味わいで、畜肉に疎いはずの僧たちが味付けしたとはとても思えないものだった。

とても、美味しい。

これまでに味わったことがないほどの美味しさだ。

「こたびの戦、いずれの軍が勝っても当寺の寺領は安堵されよう」

食事の味わいに満足してか、主君は珍しく柔らかな笑みを浮かべて、待機する若い僧に告げた。

頭を下げる僧。

いずれの軍が勝っても、などと主君が口にしたのは、縁起がよくない。

戦では、必ず我が方が勝たねばならないからだ。

しかし私自身、料理の味に舌鼓を打ち、主君の言葉にうなずいていたのだった。

 

肝心の、戦である。

我々は、負けた。

我が方は多くの兵を失い、かろうじて本国に帰還した。

勝ち戦から一転して、不可解な天候の変化を契機に、全軍が総崩れとなったのだ。

いったい、かの寺で食べた畜肉がいけなかったのか。

逃げ帰った本国で体勢を整えながら、主君と私とは首をひねっている。

戦の動向は、些細な無作法にすら左右されることが多いのだ。

権威ある古刹で畜肉を口にしたのは、不遜だったのか…。

主君も私もそう後悔はしながら、いまだにかの寺で食べた肉の美味しさを忘れられないでいる。

俗の世に生きる料理人の手による膳より、僧たちのあつらえた畜肉の膳が遥かに旨いというのは、なんと罪作りなことであろうか。

主君と私は、次の戦でこそは隣国を制し、かの寺を我が物にしようと企んでいる。

再び、あの美味なる畜肉の膳を味あわんがため。

そのために日夜、策を練っているのだ。

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