『乗り慣れないUFOに、私は乗ります』
UFO搭乗に至るまでの経緯について。
それについて説明を求めるのは、この場ではご遠慮願えますでしょうか。
私は、話したくないのです。
話すことには労力がいるし、なにより話した私にも聞いた貴方がたにも、災難が及びますので。
その災難とは、命の危険を伴うものです。
だからこう思ってください。
目の前に、UFOがあります。
横長の楕円形をした乗り物で、それは細かく振動しながら駐車場の上に停車しています。
そのUFOの中に私が乗り込んでおります。
それだけ把握して、文章を追ってみてください。
乗り込んだまではよかったのです。
だが、どうやら乗り込むことの代償に、私は自分という存在を消費し尽してしまったのでした。
UFOの内部は、もやもやと霧がかかった空間なのか異次元なのか。
それが、定かではない場所であります。
その場所のどこかに定まっている私は、意識ばかりが残り、体を持たない存在に成り果てていたのでした。
確か、UFOに吸い込まれるまでは、私は肉体を持った人であったはずなのですけれど…。
今はもう、人ではない存在になっています。
つけ加えると、その場には私以外にも似たような存在が複数さまよっていました。
私を含めた、姿も質量も無いあやふやな存在たち。
私は、彼らの出自を知っています。
同時にこのUFOに乗り込んだ仲間なのですから。
でも今では皆、気配だけの存在です。
「皆さん、大丈夫ですか」
私は、彼らに呼びかけました。
喉も体も無いので、声は出ません。
心の中で、勝手に呼びかけただけです。
当然、返事はありません。
ただ、彼らが戸惑う気配は伝わってきました。
もどかしい思いでした。
私と彼らとは、その曖昧な空間にいて、意思疎通する手段もないまま。
個々に怯えているのです。
もどかしいことでした。
意識があるのに、喉から声が出せないのです。
それがこんなに苦しいことだとは思いませんでした。
自ら選んだ道だとは言え、この責め苦には怒りを覚えました。
「待ってください」
憤る私に、穏やかな言葉がかけられます。
言葉と言っても、音ではありません。
それは、意味そのものです。
誰かが意味を発したのが、私に届きました。
「そうです。私は皆様に意味をお届けする手段を持っています」
再び、次の意味が届きました
見知らぬ、新しい気配でした。
この場には私と仲間たち以外の存在がいて、私たちに意味を送っているのです。
何者なのでしょう。
UFOの主でしょうか…。
だとすれば、その相手はいわゆる、「異星人」ということになります。
異星人。
それは、外宇宙から来た謎の存在なのです。
そんな存在と、私たちは直面しているのです。
私は恐怖で、気絶しそうになりました。
「気絶はお待ちください、私は普通の人です」
異星人が、慌てて弁解する意味を送ってきました。
「心配しないで。これから皆様の慰めに、おもてなしをしますから」
私の気持ちを察してなのでしょうか、主はなだめるように、それらの意味を送りつけてきました。
その人間的な意味合いに、私は正気を保ち直しました。
おもてなし?
「そうです、ほら、ここで歓迎の踊りを踊っていますよ~」
UFOの主はその場で踊ったようでした。
「踊っている」という、その意味そのものを、送りつけてきます。
異星人には違いありませんが、サービス精神のある存在のようです。
「普段は慎み深い私ですけれど、今は貴方たちのために歓迎の踊りを模索中なので」
主は、ためらいながら言葉を続けました。
「私、試みに艶かしい動きで踊っています…」
主は、艶かしく踊る意味を送りつけてきました。
そんな踊りを試みながら、そこには恥じらいの気配がありました。
客人のために無理をしている、とでもいうところでしょうか。
その意味の形からすると、相手は女性であるように思われます。
相手の性別を、問いただしてみたい好奇心に駆られました。
「残念ながら、答えにくい質問です」
主は踊りながら、意味を送ってきました。
「私たち、公共の場では、自分の性別を明らかにしない習慣なんです」
そうなのね、と私は思いました。
率直に答えるUFOの主に、私は好感を持ち始めていました。
彼女の話しぶりに、彼女を仮に女性と考えることにしました。
人柄は、良さそうです。
他の仲間たちが彼女をどう思っているのかわかりません。
ただ私は、この場を彼女に任せよう、という気になっています。
「ありがとうございます!」
主は愛想よく意味しました。
私の気配を読み取ったのでしょう。
「地球のお客様をどうやっておもてなししたらいいかわからなくて。まだ試行錯誤ですが、精一杯頑張ります」
人柄が伝わりました。
若いようですが、誠意のある人柄であるように思えました。
その後、UFOの主はその場で歌ったり踊ったりしました。
客人である我々をもてなすためでしょう。
でも全てがあやふやな空間では、私たちには主が取る行動の意味しか伝わってきません。
歌も踊りも、「歌っている」「踊っている」内容を示す意味だけが伝わってくるのです。
意味だけだと、娯楽というものは楽しむのが難しいのでした。
それで私たちは、退屈してしまったのです。
歌と踊りを目当てに、命を代償にしてまでUFO内に来たわけではありません。
私たちは、宇宙の旅をしたくて来たのです。
UFOに乗れば、宇宙に行けると誰もが信じていたのです。
踊っていた主が、私の意味を感じ取ったらしく、気配を硬直させました。
批判に晒されるのには、彼女は慣れていないのかもしれません。
「ごめんなさい。でも、どうしたらいいんでしょう?」
私に向けて、意味を放ってくるのでした。
彼女の戸惑いには、同情します。
でも私の答えは、決まっています。
「このUFOで、宇宙旅行をさせてください」
私は、率直に要求しました。
「でも、それは…」
主は、戸惑ったようです。
「駄目なのですか?」
「駄目ではありませんが…」
主は、言いよどみます。
「皆様を宇宙旅行にお連れしたら、お帰りが遅くなってしまいます」
心配そうな口ぶりでした。
「どれぐらい遅くなるのですか?」
私は、にじり寄るような気配を匂わせながら、そういう意味を送ります。
主のたじろぐ気配がありました。
「はっきりとは言えませんけど…」
と、主は前置きして。
「今いるこの星の人類が滅亡して、新たな人類が文明を築いた頃合いになるでしょうね」
主は、恐る恐ると言った様子で答えました。
「いったん旅に出たら、皆様はもう、この星のお知り合いに会うことはできません」
私たちの顔色をうかがうように、そう言うのです。
実のところ、曖昧な存在になった私たちにもう顔などありませんが、彼女は慎重なのでした。
「行きましょう」
私は、答えます。
「だけど」
主は、まだ戸惑っていました。
「いいんですか」
「ここにいる人たちは、皆、現世に見切りをつけて集まった方たちです」
私は、皆を代表して、主に伝えました。
「私も含めて、今の時代に生きる場所のない人ばかりです」
「そうなのですか…」
主は、わかりかねているようでした。
彼女はまだ若いようですから、無理もありません。
「肉体を離れて、宇宙と未来で新しい生命を得られるなら、本望です」
私に反対の意味をなす人は、仲間たちにはいませんでした。
宇宙旅行を望む人は、だいたい宇宙旅行に膨大な時間が必要になることは心得ています。
数百年から数千年、数万年。
いずれであっても、大差はありません。
乱暴に言ってしまえば、宇宙旅行を目指す人たちは、緩やかな自殺願望を持つ人たちの集まりなのでした。
私もそうなのです。
「そんな」
近くで、主が涙ぐむ気配がします。
彼女の船に集まったこの星の人たちが、そのような人種だなんて、思いもしなかったようです。
「私はただ、皆さんに、束の間の非日常を味わってもらいたかっただけなのに」
くぐもった泣き声の意味でした。
おそらく彼女は、この星の交渉役に騙されて。
わずかな代金と引き換えに、私たちの身柄を預かったのでしょう。
彼女の身の上はわかりません。
ですがおそらくはこの星に不時着して、権力者の無理な要求をのまなければならなくなった若い旅行者。
そういうところでしょう。
私は密かに、彼女に対しての同情を覚えています。
「同情と言うなら、私のそれの方があなたのよりも強いです」
主は、私に意味を返してきました。
なんだか、むきになっているようです。
「自分の星を捨ててまでも、宇宙の旅に出たいだなんて」
これも、泣き声でした。
「私は、今すぐにでも自分の星の家族に会いたくてたまらないのに」
里心のついた、若い旅人の言葉でした。
私は、彼女の感情的な言葉に、いとおしさを覚えます。
可愛い人です。
「それなら、これから帰りましょう」
私は提案しました。
「皆を、あなたの星に連れて行ってください」
私が意味したことに、周囲のいる仲間たちが同意する気配がありました。
皆が、宇宙の旅に出たいのです。
UFOの主は、ひと呼吸置きました。
それから、うなずきました。
彼女も、覚悟を決めたようでした。
皆で、彼女の母星に旅することになったのです。
彼女の母星は、地球と呼ばれる星でした。
素敵な惑星です。
この星に来て、私たちは新たな肉体を得ました。
私と仲間たちは、新たな暮らしを始めたのです。
美しい星の暮らしに馴染むごとに、UFOの主の気持ちがわかるのでした。
故郷を捨ててまで宇宙の旅に出ようという人たちが、この美しい星から現れるはずがありません。
誰もが、いずれ美しい故郷に帰ってくるつもりで旅に出るはずです。
私たちのような身の上の者には、地球の人たちがうらやましいのでした。
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