『手間のかかる長旅(089) こまめな助言のアリス』
アリスの笑みを、時子(ときこ)は絶望的な気持ちで見返した。
「たぶんそんな仕事は最初からないよ」
自分にできそうな仕事なんて、思い浮かばない。
時子の表情を見て、アリスは頬をふくらませた。
「何を言う。何かしらある」
「ないと思う」
「あるよ。調べてみれば」
端末を触るようにうながしてくる。
仕方なく、時子は端末にチェーンで繋がったタッチペンを手に取り、画面を操作し始めた。
求人者の年齢、場所、雇用形態、その他条件諸々を入力。
求人票の一覧を表示させた。
条件に該当する、600件以上の結果が出た。
「いろいろあるじゃん」
横からのぞきながら、アリスは口を挟んだ。
「でも駄目だよ、できそうにないことばかり」
時子は訴えた。
ざっと見たところ、アパレルに飲食店等、各種接客販売の求人が目立った。
「接客の仕事ばかり」
自分には無理だ、と時子は思った。
「お前でも、売り物次第では、できないか?」
時子を横目で見ながら、アリスは助言する。
「売り子さんも、業種でえらい違う」
「そうかもしれないけど」
いったい、自分に務まる販売職などあるのだろうか。
「あまり人と接するお仕事は…」
声が小さくなる。
堂々と言いづらいことではあった。
自分にとってみれば必須条件でも、他人からはより好みに見えるはずだ。
「人との接し方次第で、お前に務まる求人もあるんじゃないか?」
アリスはなおも追及してくる。
時子は、困った。
「どれがどうなのかわからない…」
目の前の求人票リストを眺めて、頭がぼんやりしてくる。
アパレルの販売員と飲食店の接客とでは、当然仕事内容が違うことぐらいはわかる。
しかしそのどちらであっても、現場で積極的に立ち働いている自分の姿が想像できない。
それどころか、大きな失敗をして、上司か客から叱責を受けている自分の姿が頭に思い浮かんだ。
胃が締め付けられそうな気持ちになる。
「よく探せば接客以外のお前に向いてる仕事、あるかもよ」
身をすくめている時子を見て、アリスは妥協したかのように助言した。
時子は我に返った。
深呼吸して、アリスにうなずき返した。
それにしても、さっきからアリスは時子に助言ばかりしている。
人のことを気にしながら、彼女は自分の求人検索の方は疎かだ。
「ところで、自分のお仕事は、探さないの?」
時子は控えめに疑問を口にした。
「心配しない」
アリスは、自信にあふれている。
背筋も伸びている。
「私は、自分のことは何とでもするにゃ」
疑いもなくそう言った。
「出来ることは、やればちょっとずつ増えるんだから」
前向きなのだ。
こんな彼女がうらやましい、と時子は思った。
強い人だから、異国での生活が続けられるのかもしれない。
「お前と私の資金源を早く確保して、皆で恐山に行こうよ」
資金源、という言葉が時子の胸に響いた。
自分にできそうな仕事がない、と思うと、仕事探しそのものが絶望的だった。
でも旅のための「資金源探し」と思えば、その絶望も乗り越えてみたい気がする。
恐山へ行くために資金源探し。
何だか冒険の旅がすぐ先に控えているように思えて、時子は少し元気が出た。
ただ、別に行き先が恐山でなくても構わない。