『手間のかかる長旅(091) 二人で郊外の工場に向かう』
職業安定所で見つけた食品工場の求人に即日応募して、その翌日。
時子(ときこ)とアリスは、バスの車内で座っている。
二人とも、普段着慣れないスーツ姿で身を固めていた。
バスは郊外に向かっていた。
郊外には工場地帯があって、そこに件の食品工場もある。
街からバスに乗って行くのだ。
これから面接を受けに行く。
「こっち方面、来るの初めて」
車窓を眺めながら、時子はアリスに言った。
郊外の、道路沿いの土地は殺風景だった。
工場がまばらに並んでいて、その合間合間には田畑が広がっていた。
もともと農村だった土地が、少しずつ工場地帯に変わっていったのだろう。
「私は、このバス路線に乗ったことがあるよ」
アリスは答えた。
「そうなの?」
「うん」
「こっちに何か、用があったの?」
工場と畑ぐらいしかない土地だ。
アリスが来る理由がわからない。
「ここじゃなくてね。このバス乗り続けたら、例のお寺に行くにゃ」
アリスは答えた。
「例のお寺」
「そう、たくあん食べた寺」
「…ああ」
そう言えば先日、アリスにお寺の話を聞いた。
彼女はたくあん漬けと精進料理をごちそうになって、挙句お坊さんに宗論を仕掛けたのだそうだ。
宗論と言うのは「お前の宗教はおかしい」と他宗教の人間が人様の宗旨を否定することで、これは危険な行為だ。
それをアリスは、テレビ番組の撮影でやったのだと言う。
無茶な企画だ。
「この工場地帯を抜けると、バスが山の間に入るんだ。そこに件のお寺があるにゃ」
「へえ、そうなんだ」
今日の面接が終わったら、帰りにそのお寺に寄ってみたい、と時子は思った。
アリスが宗論を仕掛けたお坊さんのいるお寺。
興味がある。
アリスは、付き合ってくれるだろうか?
求人先の工場最寄りのバス停で、二人は下車した。
道路沿いに、畑と農家の住宅がある。
その奥に、工場の建物が見えていた。
周囲を水田に囲まれている。
他に工場らしい建物はない。
「あれだね」
二人して、うなずき合った。
工場に向かう。
時子とアリスは手をつないで歩いた。
いつの間にか、そうしていたのだ。
時子が不安そうな顔をしているのを、アリスが見取ったのかもしれない。
時子の小さな手を、アリスの指の細長い手が包んでいる。
冷たかった。
「アリス、手が冷たいね」
時子は傍らのアリスの顔を見上げて言った。
「手どころか、全身冷たいにゃ」
アリスは両肩を上げた。
シャツとジャケットの上から薄手のコートを着ているだけだ。
普段なら、まだ冬でもないこの晩秋にすでに毛皮のコートをまとうぐらい、寒がりのアリスなのだ。
スーツに薄手のコートは寒いはずだった。
「時子の手は暖かくて、いいな」
アリスは時子の手を強く握る。
二人で身を寄せ合って、工場の入口に向かった。
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