『手間のかかる長旅(093) 二人で流れに乗る面接』
食品工場内のオフィスにある、応接室である。
突然入口の扉が開いて、辛抱強く待つ時子(ときこ)とアリスを驚かせた。
ソファから腰を上げるアリス。
彼女に習い、時子も半ば反射的に立ち上がった。
応接室の中に、三人の人物が入ってきた。
いずれも、男性だ。
スーツ姿が一人、あとの二人は青い色の作業服を着ている。
「お待たせしました」
とスーツ男性が言いながら、三人はテーブルを挟んで時子たちの対面にあるソファに次々に腰を下ろした。
「どうぞ、お座りください」
ソファから、スーツ男性が見上げて言う。
彼らの動きにのまれて動けなかった二人。
「よろしくお願いします」
同時に挨拶をして、腰を下ろした。
「お二人で一緒にご応募されたんでしたね…」
スーツ男性の問いかけの間、作業服の二人は無言で時子とアリスを観察している。
無遠慮と言っていい視線だ。
それらの視線に射られて、時子は肌に痛みを感じる。
「そうですにゃ、我々友人同士ですにゃ」
アリスは男性たちからの無遠慮な視線も、意に介していないらしい。
堂々とそう答えた。
「応募書類を拝見できますか?」
スーツ男性の声。
「はい、喜んで」
アリスは調子よく答えた。
手持ちのバッグから、応募書類一式の入ったクリアファイルを取り出して、スーツ男性に渡す。
時子も彼女に習い、取り出した書類を男性に手渡した。
二人の応募書類は、三人の男性の間で回覧されている。
時折、彼らは時子とアリスに聞こえないぐらいの小声で相談を交わす。
今この瞬間に、二人の素性が、吟味されているのだ。
自分の経歴はどう思われるだろうか、と時子は気が気でない。
学校を卒業した後、定職にはついていなかった。
不安で、隣のアリスの横顔に視線を走らせた。
アリスは背筋を伸ばしたまま正面を向いて、堂々としている。
美しいたたずまいである。
外国人タレントとして日本社会で生き抜いてきた、アリス。
さすがに、こんな面接ぐらいでは、びくともしない。
彼女が友人として隣にいてくれて、時子は心強く思う。
だが。
ここは面接の場だ。
面接官である三人の男性は、アリスと時子を個別に審査するはずだ。
アリスはたよりがいがあるから、採用される。
そうしてたよりない時子だけが、落とされる。
そういう場合もありうる。
もしそうなったとしたら、今後の時子は取り残されて、一人で仕事探しをしなければならない。
一人で職業安定所に通い、誰の助けもなく仕事探しの毎日が待っている。
どうしよう、と時子は泣きたくなった。
「もし採用が決まったら、お二人はいつ頃から勤務可能ですか?」
二人の応募書類を見比べながら、スーツ男性が問うた。
時子は現実に引き戻された。
いつ頃から勤務可能なのだろう。
思わず、時子はアリスの顔を見た。
アリスは時子の顔を見返して、小さくうなずいた。
時子がうなずき返す前に、アリスは面接官たちの顔に視線を移している。
「明日からでも勤務可能ですにゃ」
書類から目を上げてアリスを見るスーツ男性。
あとの男性二人も、どういう意味でか、それぞれ口から深い息を漏らした。
三人の視線は、アリスから時子に移った。
彼女の番だ。
「私も、明日からでも勤務させていただきます」
勢いに任せて、口走った。
うなずく男性三人。
「わかりました」
スーツ男性は、なおも小刻みにうなずきながら言った。
「待遇は、求人票に記載した通りです。土日祝日お休み、年末年始とお盆は工場が操業を停止するので、これもお休み」
「はいっ」
アリスは頭を下げる。
「フルタイムで勤務していただきますので、各種保険にも加入してもらいます」
これは、と時子は思った。
「お二人とも採用させていただきます。給与の計算の関係で明日からとはいきませんが、来週頭から勤務お願いします」
男性の、自然な口調だった。
「ありがとうございますにゃ」
アリスが素早く立ち上がって、深くお辞儀をする。
時子は、出遅れた。
流れに乗れず、腰砕けになったのだ。
二人とも、採用された。
即決で。
呆然とする。
横顔に視線を感じた。
横に立つアリスがこちらを見下ろして、うながすような視線を送っている。
お前も礼を言え、という意味だろう。
時子は慌ててアリスに従った。
立ち上がった。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
できる限り深くお辞儀する。
生涯で、今までここまで深くお辞儀したことはない。
三人の男性は、それぞれうなずいて返した。
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