『手間のかかる長旅(094) 面接で消耗した時子』
時子(ときこ)とアリスは、二人でバス停に立っている。
面接を終えて、時子は放心状態だった。
「大丈夫?」
アリスが気遣ってくれる。
だが、当の時子はうなずくのがやっとだ。
余裕で面接を潜り抜けたアリスには、わからない気持ちだろう。
本当に、辛かった。
「採用されて、よかったにゃ」
時子の顔色を読んだのか、アリスは励ます調子で言った。
確かに、彼女の言う通りだ。
アリスと二人、食品工場の求人に応募した。
面接の当日に、即決で採用された。
採用に至るまで、何の困難もない。
端から見れば、順風満帆の人生だ。
「そうよね」
時子は言葉を絞り出すように、アリスに答えた。
少し、無理をしている。
時子にとってみれば、面接の場、それ自体が大きな苦行だった。
振り返ってみれば、アリス主導で切り抜けた面接ではあったが…。
時子自身も、大きな緊張を強いられた。
見ず知らずの男性たちに己の素性を吟味される。
そんな局面に耐えるのは彼女の生涯で初めてだったのだ。
「時子、顔色悪いね。大丈夫?」
アリスが気遣ってくれる。
駄目、とは言えない。
「大丈夫よ、ちょっと疲れただけ」
アリスに心配させまいと、時子は気丈に振舞った。
今回の面接は、アリスの頑張りのおかげで採用されたようなものだ。
彼女にこれ以上、借りを作りたくない。
「これからお寺に寄るの、大丈夫?」
続けて、アリスは心配そうに尋ねた。
工場の面接を終えた後、時子とアリスの二人で、近隣にある寺に参拝する予定をたてていたのだ。
アリスがタレント業に従事していた頃、テレビの仕事でロケをしたことがある寺だった。
その寺が、今いる工場地の近隣にある。
面接を終えたら、二人で訪ねようと話していた。
「そうだったね…」
時子は、頭を手で抑えた。
面接を終えて、消耗している。
でも、だ。
アリスがテレビ番組のロケで撮影したという件のお寺。
行ってみたいのだった。
撮影の際、精進料理としてアリスがたくあん漬けを振舞われた、とか。
お坊さんにアリスが「宗論」を仕掛けた、とか。
気になる話をいろいろと聞いている。
「そんなお寺に行くんだったね…?」
かろうじて、時子はアリスにうなずきかけた。
アリスは、心配そうに時子を見返している。
「寄り道せずに、今日は真っ直ぐ帰る?」
気遣ってくれたらしい。
確かに、時子は消耗している。
でも、この機会を逃したら件のお寺に寄り道する機会には恵まれないかも、と思うのだった。
「ううん。行こう」
「寄り道するのな?」
「うん。二人で、寄り道する」
時子は、アリスにうなずいて見せた。
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