『手間のかかる長旅(098) 本堂で過ごす』
絨毯の敷かれた床の上に、時子(ときこ)とアリスは座り込んだ。
目の前には本尊の威容がある。
二人で、この本尊を眺めている。
如意輪寺の本堂の中は、天井にランプ照明が灯っているばかりで薄暗く、静かだった。
外では境内を吹く風の音がしている。
しばらく、二人は本尊を眺めながら外の風の音を聞いていた。
時子は自然と、正座で座っていた。
お寺の本尊の前で、足を崩すことは無意識に避けたのだ。
横にいるアリスのことが気になった。
正座できるのだろうか?
彼女の足に目をやった。
見るとアリスは座禅を組むような形で、その長い足を小さくまとめている。
いつの間にか隣で、そんな凝った座り方をしていたのだ。
スカートからタイツの膝先を露出させていた。
「それ、痛くないの…?」
時子は小声で聞いた。
「痛くないにゃ」
アリスは答えた。
「お前こそ、正座で」
「うん」
確かに、正座もつらい。
しかし本尊が見ている。
「仏さんが見ているし」
「仏さんは見ているけれど、坊さんは見ていないよ」
「そうかな」
確かに、その場に僧侶がいなければ、多少の粗相をしても怒られることはない。
仏さんには悪いけれど、と思いながら時子は足を横に崩した。
楽だ。
「ここ、落ち着くね」
足を崩して楽になると、この本堂の空間は悪くない。
静かで、雨風もしのげて、いいところだった。
堂内に漂う線香と木の香りも、鼻に心地いい。
少し、寒いけれども。
「そうだな」
「うん」
「ここで、一晩泊まりたいにゃ」
小さく息を漏らすように、アリスは答えた。
切実な響きがあった。
時子は思わずアリスの横顔を見た。
「泊まる?どうして?」
「いや、別に、どうしてってほどの理由もないにゃ」
アリスは言葉を濁している。
何かあるな、と時子は思った。
二人とも、一方は座禅、一方は崩れた座り方のまま、依然としてぼんやりと座っている。
「そう言えば、お坊さんは」
時子は何気なく言った。
「私たちお坊さんに会うんじゃなかった?」
「ああ、そうだっけ」
アリスも思い出したように言った。
「泊まるにしても帰るにしても、坊さんに挨拶はしておいた方がいい?」
時子に尋ねてくる。
「えっ、泊まらないよ…?」
時子は混乱した。
お寺の本堂に泊まるなんて、想像もできない。
確かに居心地はいいが、一晩過ごす場所とは思えなかった。
「泊まらないよね?」
不安になって、アリスを見返した。
アリスは、首をかしげる。
「泊まってみたいんだけど、駄目かな」
「なんで急にそんな流れになったの?」
時子は焦った。
アリスがテレビの仕事でロケに来たお寺。
面接の帰りに、その現場に寄り道するぐらいのつもりだったはずだ。
当初から、時子もアリスも。
それが本堂でちょっとまったり過ごせたぐらいで、妙な考えを起こされては、身が持たない。
時子は、アリスの言動が少し心配になった。
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