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『クリスマスイヴを前に、企む』

無人島での生活。

乗っていた客船が難破して、流れ着いた。

それ以来、この島で助けを待ちながら暮らしている。

それも、もう長い。

数年に渡っている。

いつでも、生活用品など、物に不自由している。

生きていくのがやっとで、季節の移り変わりには無頓着に過ごしてきた。

ただ物がない中でも、できれば日々の楽しみは欲しい。

何年も祝ったことがなかったクリスマスイヴの日が近づくに連れて、今年は祝ってみよう、とミコは思ったのだった。

そんな思いで、ミコは準備を進めてきた。

まずは、ごちそうだ。

海岸に生える豆からつくったチーズもどきと、ワインだけは確保できた。

ワインも海岸に生えるブドウを使って、ミコが秘密裏に醸造していたのだ。

皮ごと発酵させて、赤ワインだ。

豆チーズも赤ワインも、それぞれ台所の甕の中に隠してある。

ささやかな準備である。

 

小屋の入口に行って、片手ですだれをめくる。

ミコは外を眺めた。

高台の岩場に立つ小屋だ。

眼下のごつごつした斜面と、さらに遠くにある海岸が見える。

海岸から、仲間たちがこちらに歩いてくるのが見えた。

三人。

末吉、留子、吉松。

ミコと同世代の、若者たちである。

ミコは彼らが戻ってくる姿を認め、気が急いた。

しばらくは三人を眺めて待つ。

三人は、岩場のふもとにたどり着いた。

頭上の小屋の入口から見下ろしているミコに、三人それぞれが手を振る。

ミコも手を振り返した。

そうしながら、すぐに小屋の中に引っ込んだ。

部屋の中の、ろうそくの明かりを消した。

普段は殺風景な、何もない内装なのだ。

しかし今日は、三人が出かけた直後から、ミコは一生懸命に飾りつけた。

こんな島でも、海岸で手に入る花、貝殻など、飾りつけに使えるものはある。

それらを集めておいて、ふんだんに飾った。

部屋のテーブルの上には、人数分の料理をあつらえる。

いつも食べる蒸し芋に加え、貝と海草のスープを今、台所で温めている。

さらに今日は豆チーズと赤ワインがあって、豪勢だ。

喜んでもらえるだろう、とミコは暗くした部屋の中で微笑んだ。

 

ただいま、と三人は小屋の入口にたどりついた。

それぞれが背中に、採集した諸々を入れた袋を担いでいる。

家事と炊事の得意なミコは日中小屋にいる。

代わって仲間たち三人は、海岸で魚に貝に海草を採り、また山で山菜を集めたりもするのだ。

三人が帰ってきたが、ミコは返事をしない。

小屋の中で、待っている。

「ミコ?」

仲間の留子が彼女に呼びかけながら、入口のすだれを手でよけて、小屋の中に足を踏み入れた。

「あれ、まっくら」

驚きの声。

「なんで、さっきミコはそこに立っていたのに」

続いて駆け込んでくる吉松。

「おいミコ、大丈夫か」

後ろから心配そうに声をかける末吉。

ミコは、三人が小屋の中に足を踏み入れた気配を確認した。

部屋の隅で屈んでいた彼女、手元にある燭台のロウソクに種火で火を灯す。

明かりが彼女の顔を下から照らした。

「ミコ、何してるの?」

留子が気付いて声をあげた。

怪訝な顔で、ミコを見る。

末吉と吉松も、不安そうな顔だ。

「ミコ…」

「メリークリスマス!」

彼らの懸念を振り払おうと、ミコは殊更に声を高めて言った。

燭台を、テーブルの真ん中に置いた。

明かりが部屋の中を薄く照らす。

天井、壁、そこらじゅうに飾り付けられた装飾が浮かび上がった。

「え、何これ」

三人は薄暗い部屋の中を見回している。

不安そうだった。

「どうしてこんなに暗くするの…?」

留子は心細い声をあげて、ミコを見る。

「だって、今日はクリスマスイヴの日だよ」

ミコは胸を張って答えた。

「サンタさんがプレゼントを持って来てくれる晩だよ」

「何それ…」

三人とも、腑に落ちない顔でいる。

ミコは、拍子抜けした。

この三人、クリスマスを知らないのだ。

無人島に来る前に、クリスマスイヴを祝ったことがないのだろうか。

「サンタさんは神様だよ。願い事をかなえてくれるの」

「へええ」

不確かな声をあげて応じながら、三人はやはり不安そうなのだ。

仕方ない。

「クリスマスイヴのごちそうをつくってあるから、ご飯にしましょう」

背中の袋を下ろした三人を、テーブルの周りの腰掛けに座らせた。

ロウソクの明かりで、ごちそうを食べる。

とてもクリスマス的だ。

ミコが台所からスープの入った器を運んで給仕する間、三人はテーブルで居心地悪そうにしている。

「ね、ミコ、ランプを灯しましょうよ」

頼りない声で、留子は頼んだ。

天井から、拾い物のランプが下がっている。

ランプを灯せば、もっと明るくなる。

「駄目。そんなことしたら、雰囲気が出ないでしょう」

「でも暗いと、ごはんが食べにくいんだけどなあ…」

吉松は小さな声で言った。

ミコは、聞こえない振りをする。

 

豆チーズ、赤ワインはそれなりに三人から好評を受けた。

ただ彼らにはクリスマスの意味が、うまく伝わっていないようだ。

ありがたい日なのに、とミコはもどかしい。

でも口で説明するよりは、明日の朝まで待つ方がいい。

ミコは、三人にそれぞれプレゼントを用意していた。

彼女手作りの、ささかやな品々ではある。

でも気持ちがこもっているのだ。

あれらを寝台にかけた自分たちの靴下の中に見つけたら、三人にもクリスマスの意味がわかるだろう。

そう信じて、ミコは食器を片付ける。

明日も朝早くから出かける三人を床につかせた。

彼らが寝静まったら、それぞれの靴下の中にプレゼントを入れてあげる。

食器を片付け終えて、寝室に入るミコ。

部屋の明かりを落とした後、三人全員が寝息をたて始めたのを見計らい、自分の寝台の下に隠しておいたプレゼントを、三人の靴下に仕込んだ。

朝になったら、喜んでもらえるはず。

いつものように遠くに聞こえる波の音を聞きながら、ミコは朝を心待ちにして眠りについた。

 

「ミコちゃん、ミコちゃん」

体を揺さぶられて、ミコは薄目を開けた。

寝台の脇に留子が立って、ミコの上に上半身を傾けている。

窓から、寝室に朝の光が差し込んでいる。

朝だ。

「留子」

応じて身を起こしながら、プレゼントのことが気になる。

三人は気付いただろうか。

「どうしたの?」

なんだか、留子の顔は赤かった。

興奮しているような表情だ。

「ミコちゃん、起きたばかりで悪いけれど、あなたに伝えることがあるの」

声をはずませている。

「え、何?」

「私たちからのプレゼント」

笑顔で伝える留子。

ミコは、目を大きく見開いた。

 

空を飛ぶのは初めてだ、とミコは思った。

輸送用ヘリコプターの内部。

対面式の座席に、ミコは留子たち三人と向かい合って座っている。

頭上で、ヘリの天井ごしに、プロペラが回る音と振動が伝わってくる。

ヘリの窓からは、眼下に広がる果てしない青い海原が見えた。

今朝、ミコたちがいた無人島に、救助隊がやってきたのだ。

数年にわたる、四人だけでの無人島生活。

そこに、この思いもかけないプレゼントだった。

「でも本当は、しばらく前からわかってたの」

ミコの隣に座る留子が、そっと告げた。

「どういうこと?」

「数日前、俺たちが海岸にいるときに、漁船が来たんだ。でもとても小さい船だったから、四人は乗れないと思った」

吉松が継いで答えた。

ミコには、初耳だった。

「その漁船の船長さんに、四人一度に助けてもらえるような救助隊を後日に呼んでもらうように、頼んでおいたんだ」

そうだったのか、とミコは思った。

「でも、その船のこと、どうして私にだけ知らせてくれなかったの?」

「しばらく内緒にしておいて、君へのクリスマスプレゼントにしたかったんだよ」

末吉が落ち着いた声で答えた。

ミコは驚いた。

クリスマスのこと、彼らは知っていたのだ。

「まさかちょうどクリスマスの朝に助けに来てもらえるとは、僕らも思ってなかったけどね」

末吉は微笑んだ。

そうだったのだ。

ミコはしばらく前からクリスマスの企みをして、ごちそうからプレゼントの準備までして、心をいっぱいにしていた。

でも末吉たち三人は三人で、助けが来ることをミコに内緒にしていたのだ。

彼女を驚かせるために。

彼らも、企みで心をいっぱいにしていたの違いない。

してやられた、とミコは思った。

 

三人は、ミコが贈ったプレゼントを身に着けている。

貝柄製のペンダント、葦の横笛、ヒスイを磨いてつくったナイフ。

ミコの手作りのプレゼントを、彼らはちゃんと見つけて持ってきたのだ。

生まれ故郷に帰っても、この品々を見る度に、彼らは無人島での生活を懐かしく思い出すだろう。

ミコはミコで、昨晩食べた豆チーズと赤ワインの余りを瓶に入れて、持ってきた。

我ながら、美味しくできたのだ。

美味しいものを自分でつくることのできる才能も、神様からのプレゼントかもしれない。

ミコはしみじみ思った。

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