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『カタコンベ、二人の法事』

茂吉(もきち)は、右手に燭台を掲げて目の前を照らしながら。

暗い地下通路の中を歩いている。

そこには、ひんやりと冷たい空気が充満している。

彼の背中に寄り添うようについて歩く、フェデリカ。

両手を組んで体の前に垂らしているフェデリカ、その手の先には四角いカゴを提げている。

カタコンベでしばらく過ごすために必要なものを、そのカゴに入れてあるのだ。

 

石灰質の洞窟を昔の人たちが手作業で掘ってつくりあげた地下墓地、カタコンベ

その地下通路は細かく枝分かれしながら、どこまでも続いている。

改まったスーツ姿のまま、頭にヘルメットをかぶった茂吉。

彼の背後につくフェデリカも、フォーマルな服装で頭には同じくヘルメットをかぶっている。

地下通路の天井は時折低くなって、大の大人ならば屈まないと通れない箇所もある。

ぶつけて頭を怪我しないように、ヘルメットが必要なのだ。

二人が進む通路の側面には、ところどころに空洞が空いている。

人がかろうじて横たわれるぐらいの、横幅と奥行きを持った空洞である。

それらの空洞の中に、人の遺体が横たわっている。

と言っても、いずれの遺体もすでに白骨化した、ごく古いものばかりだ。

これらが全て、墓だった。

多くは近世から中世にかけてのもの、いくつかはさらに時代を遡る墓である。

カタコンベの通路の壁面を掘って、墓がつくられている。

奥の墓に行くほど古い時代の死者が葬られて、眠っているのだ。

茂吉とフェデリカは、それらの露出した墓に眠る遺体に怯えることなく、さらに通路を進む。

 

しばらく進んだところで背後のフェデリカが、あ、とわずかな声をあげた。

目の前を燭台で照らしたまま、振り返る茂吉。

後ろでフェデリカが、彼らの脇にある墓を指差している。

「ここ。これが、ひいひいおじいさんだよ」

墓の中に横たわる遺体の顔を見つめながら、彼女は言った。

茂吉はうなずいて、そちらに向き直る。

他の墓と同じく、通路脇に掘られた空洞である。

そこに、ひいひいおじいさんは横たわっていた。

白骨化した遺体は、乾燥して朽ちた着物の断片を体に貼り付けている。

その体の脇には、鞘に収まった大小二本の刀が横たえてある。

おお、と茂吉は声をあげた。

こうして他の遺体とは全く異なる装いなのに、自分としたことが、気付かず通り過ぎるところだった。

ひいひいおじいさんは、侍のはしくれだったのだ。

侍は、死んでも刀を放さない。

そんなかつての侍の姿をひいひいおじいさんの遺体に見て、茂吉は感心したのだった。

異国で亡くなった、日本の侍。

茂吉とフェデリカは、改めてご先祖を前にして拝んだ。

遺体の前に古い燭台が備え付けてある。

その燭台の上に新しいロウソクを立てて、茂吉の燭台から火を移した。

墓の中のひいひいおじいさんの姿が照らし出された。

 

近くに、二人が腰掛けるのにちょうどいい大きさの、岩の盛り上がりがある。

茂吉とフェデリカは、そこに二人並んで腰を下ろし、お斎をとることにした。

茂吉は燭台を通路の上に置いた。

二人して、頭にかぶっていたヘルメットも脱いだ。

フェデリカが手にしていたカゴの中に、お弁当が入っている。

フェデリカは二人の間の岩の上にワイングラスを二つ置き、ボトルからワインを注ぐ。

ロウソク明かりに照らされて、グラスに注がれたワインは赤々としている。

そのワイングラスを手にした茂吉に、フェデリカはサンドイッチを手渡した。

パンの間には生ハムとモツァレラチーズ、レタスが挟まっている。

フェデリカが、わざわざ自分でつくってきてくれたらしい。

ワインで喉を潤しつつ、二人でサンドイッチを黙々と食べた。

その間にも、石灰質の空洞に横たわる、ひいひいおじいさんの方を二人は見ている。

「なんだか、俺に似ているよな」

ひいひいおじいさんに目を向けながら、茂吉はぼんやりと口にする。

「私が?」

と、フェデリカは受けた。

茂吉は横にいる彼女の顔を見る。

彼女の顔は、この国の女性らしい顔立ちだ。

瞳の青い大きな目、細い鼻筋、小さな口。

茂吉とは似ても似つかない。

「いや、ひいひいおじいさんのことだよ」

「ああそうか」

フェデリカは小さく笑ってうなずいた。

ひいひいおじいさん。

小柄で頭蓋骨の小さなところが、茂吉の体格に似ている。

「ひいひいおじいさんとなら、私も似ているよね」

フェデリカは言葉を添えた。

「そうかな」

「似ているよ」

ワイングラスを口に運びながら、彼女は主張する。

茂吉は曖昧にうなずいた。

隣のフェデリカとは知り合って間もないが、彼女はおっとりしている割にどこか頑固なところがある。

そのあたり、自分に性格が似ているかもしれない。

そう思うのだ。

もしかしたら、ひいひいおじいさんがそういう性格だったのかもしれない。

自分たちは目の前で眠っている、ひいひいおじいさんの末裔ということで、共通しているから。

血を分けていれば、性格も似る。

ひいひいおじいさん。

侍の時代の人である。

彼は家族を日本に残したまま海を渡りこの地に来て、こちらでも新しい家族をつくった。

当地で生涯を終えた後、カタコンベに葬られたのである。

そして、今日。

その彼の二つの国に枝分かれした子孫である茂吉とフェデリカとが、二人仲良く墓参りに来ているのだ。

ひいひいおじいさんも喜ぶだろう、と茂吉は思った。

「ひいひいおじいさんは小顔でしょう。私も小顔で似ている」

茂吉の感慨に気付かない様子で、フェデリカは続けた。

そう言われてみれば、彼女も小顔だ。

茂吉と彼女とを並べて見比べても、それほど似てはいないだろう。

だがひいひいおじいさんを挟むと、三人共が同じたたずまいに見えなくもないのだ。

 

ひいひいおじいさんを見ながらサンドイッチを頬張っている、そんなフェデリカの横顔を見ながら、茂吉は彼女に親しみを覚えた。

これからも年に一度くらいは、この異国の妹のような娘に会うためだけに。

この国まで法事に来たいな、と茂吉は思うのだった。

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