『寝ていたいが、先輩の言葉』

怒鳴り声が辺りに響いている。

「おい、役立たずがごろごろしやがって、邪魔だ」

私は、道の真ん中に寝そべっている。

怒鳴り声は、辛辣なものだった。

それは明らかに、私を指したものだ。

ただいくら辛辣な怒鳴り声でも、それが自分の発したものであれば、いくらでも耐えられる。

「おい、邪魔だっつってんだろ、どけよ」

私はごろごろしながら、口先で怒鳴り声をあげた。

背中を地面につけていると、肺が圧迫されて、大きな声をあげるのにも技術がいる。

「邪魔だな、こいつ。いったい誰の許しを得てごろごろしているんだ」

思いつくままに、私は声をあげ続けた。

体はだらしなく路上に横たえたまま。

道行く人たちは、眉をひそめて私に視線を落としながら、構わずに通り過ぎて行く。

当然だ。

寝そべったまま吠えている奇怪な人間、関わったら損だ。

企みがうまくいっているので、私はほくそ笑む。

こうやって、誰かに怒鳴られる前に自分で自分に怒鳴っていれば、誰も怒鳴ってこない。

私は、他人より先回りして自分を怒鳴りつけているのだ。

これも処世術である。

すでに自己批判している者を、誰も批判することはない。

他人から批判されることを避けようと思うなら、まずは自己批判だ。

「昼間から道端に寝転がってこんな奴、ろくな奴じゃないよ」

昼間から道端に寝転がりながら、私は大きな声をあげる。

ろくな奴ではない。

道行く人たちが、あいつ自己批判しているな、といった顔で私を見ながら通り過ぎる。

あえて私に語りかけることはない。

いいぞ、と私は思う。

昼下がり、道端に寝転がってのんびりするのには最高な、気持ちのいい時間だ。

このまま、怒鳴りながら、他人からの追及を避けて。

夕方までまったりしよう。

そう目論んだときだった。

「おい、君、いい加減に静かにしてくれないか」

静かな、それでいて力強い声が私に降り注ぐ。

私自身の声ではない。

私は、寝転んだまま、体を強張らせた。

他人からの追及を受けた。

あれだけ自己批判を繰り返していたというのに。

それでも、声をかけてくる人がいる。

私は上半身を起こした。

近くに、寝そべっている人がいた。

高齢の男性だ。

グレーのスーツを着て、黒縁の眼鏡をかけた、人品卑しからぬ風体。

そんな人物が、私と同じように道端に寝そべっている。

スーツが土に汚れるのも構わず。

こんな人物が近くに寝ていることには、気付かなかった。

「さっきから騒々しい。君の横暴な声に、私の思索は妨げられているのだ」

男性は控えめな声で訴えた。

私は、萎縮した。

「申し訳ありませんでした」

頭を下げた。

眼鏡の奥から、男性の細い目が私を見ている。

「君、見たところ、まだ若いな」

「はっ…」

男性に鋭く指摘され、返す言葉もない。

「いいかね、君。私がこうやって道端に横たわって思索にふけるのも、これまで長年、実生活で充分な経験を積んできているからこそだ」

男性は寝転がりながら、重々しい声で言った。

私はうやうやしく言葉を拝聴する。

「君のような若い者は、まだ寝そべって思索にふけるには早い」

「は…」

批判めいた調子に、私はただただ頭を下げる。

「立ち上がりなさい。立ち上がって、世界を見てきなさい」

男性は、力強い声で命じた。

言い返す言葉が思いつかない。

しかし本心を言えば、このまま、寝ていたかった。

「駄目だ。横になって死を待つには、君はまだ早過ぎる」

まだためらっている私に、男性はさらに声をかける。

死を待つ、という言葉は重い。

私は、思わずうなずいていた。

「全ての可能性に賭け終えた後、またここに寝に戻って来たまえ」

私の顔色を見て、男性は声色を和らげた。

「はい」

私は立ち上がった。

世界を見る。

可能性に賭ける。

そう言われると、確かに私にはまだ世界を見る余地も可能性に賭ける余地も、残っている気がしてくる。

「ちょっと行ってきます」

「元気でな。時々手紙をくれよ」

寝そべったままの男性に見送られ、私は旅に出た。

本当のことを言えば、あのまま私もごろごろしていたかったのだが。

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