『手間のかかる長旅(102) 路線バスの中で待つ』

停留所に来た目的の路線バスに、時子(ときこ)たちは乗り込んだ。

この駅前の停留所が始発で、如意輪寺方面に向かうのだ。

時子たち一行の他にもバスを待っている乗客は何人かあった。

中高年の女性ばかりだ。

スーパーの袋に榊、仏花などを入れて携えている人もいる。

土曜日の午前中である。

墓参りをする人たちなのだ。

実家を離れてこの街に住んでいる時子は、ここの人たちがどこにお墓を持っているのかなど、今まで考えたことがなかった。

おそらくは如意輪寺にも敷地内に墓地があって、女性たちは如意輪寺に向かうのだろう。

そう想像して、時子は町子(まちこ)たちとバスに乗り込んだ。

バス最後部のロングシートに、ヨンミ、美々子(みみこ)、東優児(ひがしゆうじ)、の三人が座った。

彼らの前方の通路を挟んだ両側の席に時子と町子、そして町子の前方にアリスが、それぞれ座った。

他の乗客たちも座席についた。

発車時間までしばらく間がある。

女性の運転手が運転席から立ち上がり、バスから出て行く。

彼女はバスターミナルを早足に歩いて、停留所から離れた喫煙所に向かった。

バスターミナルの中に路線バス会社の小さな事務所があって、その外に喫煙所が設けられているのだ。

すでにバス会社の他の運転手たちが何人か立って喫煙している。

そこに、女性運転手も加わった。

挨拶を交わして、談笑を始めているらしい。

時子と仲間たちは様子をバスの中から眺めている。

煙草を吸う同僚の傍に立って、女性運転手自身は煙草を吸っていない。

男性の同僚の話に相槌を打っている。

彼女の職場環境はどんな具合なのか。

勤務先が決まったばかりの時子は、そんなことを想像していた。

「ああ、もうじれったい、バス出さないで井戸端会議か」

時子の背後で、美々子が文句を言っていた。

彼女は同じ運転手を眺めながら、時子とは違うことを考えていたようだ。

「席外してる間にバス乗っ取りされたらどうするんだろ」

町子が美々子に調子を合わせるでもなく、何気なく言った。

「まちこおんに、きーおぷそよ」

町子に調子を合わせるように、ヨンミが言った。

「きーおぷそよ?」

町子は上体をひねってヨンミの顔を振り返った。

「ね」

ヨンミはうなずいた。

「きーおぷそよって何?」

眉をひそめて町子は尋ねる。

「キーが無いにゃ」

彼女も上体をひねって後方を向きながら、アリスが補足した。

「なんだ、キー無いのか」

と残念そうな声の美々子。

時子は、彼女の方を振り向いた。

「あのドライバーがあんまりもたもたするなら、私が代わりに運転してやろうと思ったのに」

時子に笑いかけながら、美々子は続けた。

時子は曖昧に笑い返しておいた。

冗談だろう。

でも時子は、バスを奪って運転する美々子の姿を見てみたい気がする。

軽口を叩く美々子の隣に収まって、東優児は窓の外を見ていた。

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