『手間のかかる長旅(105) 山門を目指す、時子と町子とアリス』
時子(ときこ)たちと同じバスから降りた年輩の女性たちが、ぽつぽつと間隔を置いて如意輪寺があると思しき方へ車道の勾配を登っていく。
六人はその後に続いた。
「何これ、結構歩く流れじゃないだろうね」
歩きながら、美々子(みみこ)は小さな声で懸念を表した。
「じっきに着くにゃ」
後ろからアリスが補足する。
時子は一人でうなずいていた。
「そうかい」
美々子は東優児(ひがしゆうじ)とヨンミを抱えるようにして、三人並んで先へと進む。
じっきに着く、と言われて先の見通しが楽になったせいか。
歩調が早い。
歩みの遅いアリスと時子、町子(まちこ)と間隔が空いた。
「美々ちゃん、ゆっくり歩いてよ」
「お寺、早く見たいだろ」
町子に答える声が弾んでいる。
優児とヨンミも振り返って笑っている。
次第に後ろの三人を取り残して、美々子たち先の三人は曲がりくねった道の先に消えた。
「あんなに急ぐことないのにね」
町子は半ば揶揄するように言った。
「あいつらは子供にゃ」
アリスも言葉のうえで同意した。
時子は黙っている。
実はアリスはやせ我慢しているだけで、お寺に早く行きたいのではないか、と思ったのだ。
先日二人で過ごした時間の記憶が新しい。
それを口にするのは、町子の前ではためらわれた。
三人はゆっくり歩いて坂道を進んだ。
晩秋の朝の山には、冷たい空気が溜まっている。
厚手の上着を着込んできて、ちょうどよい気候だった。
「歩いて体あったまるとちょうどいいぐらいね。あんまり山道を長く歩くのはやだけど」
町子は言った。
「じっきに着くにゃ」
アリスが言葉少なめに補足する。
時子もうなずいた。
10分も歩けば如意輪寺の山門が見えるはずだ。
「それでさ、お寺で何するの」
町子は二人に問うた。
「お参りしてから、お昼を食べるの」
時子は率先して答えた。
さすがに町子相手には遠慮はしなくて済む。
「お参りなんて何年ぶりかな」
「町子お前、お寺に行かない趣味か」
アリスが驚いた様子で尋ねた。
「ま、まあね」
町子は少し言いよどんだ。
何年もお寺にお参りする機会が無かったというのは、極端な気がする。
時子も意外な気持ちで町子を見た。
一般に日本人は信仰心の希薄な人が多いというけれど。
自分だってそうだけれど、それだけにかえって気楽にお寺参りをしている気がする。
「お寺とかお墓とか、苦手なのよ」
少し強い口調で、町子は言った。
時子は思い出している。
先日、町子とヨンミと三人で、時子の自宅近くにある鉢形山古墳を見に行った。
そのときにも、町子は「お墓は好きじゃない」と言った。
時子はようやく気付いた。
もしかしたら、町子は、大切な誰かを亡くしているのかもしれない。
思い至らなかった自分がうかつだった。
「一方の私は、凄く好きだにゃ。お寺も、お墓も」
恐山に行きたいアリスが、町子を見て力強く返した。
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