『手間のかかる長旅(106) ぽくぽくと鳴る木魚。アリスは先んじる』

山門内側で待っていた美々子(みみこ)たち先の三人と合流した。

「遅いぞ」

美々子は腕組みしている。

「理由も無しに急いで先に行くからでしょ」

町子(まちこ)は負けていない。

ヨンミは本堂を見ている。

東優児(ひがしゆうじ)は境内を囲む土塀の際に立てられた境内案内図を見ている。

美々子は彼の傍らに立った。

「みんな、どうする?」

美々子の声かけで、時子(ときこ)、町子、アリスとヨンミも案内図の前に体を寄せた。

こんなのあったんだ、と時子は思った。

先日は、勝手知った様子で境内を進むアリスに任せ、時子は本堂まで同行しただけだった。

如意輪寺の境内に何があるか、把握していない。

案内図で見たところ、境内は山中の広い範囲に及んでいた。

広い境内に様々な寺院施設が散在している。

「何かいろいろあったのね」

時子は思わず口にしていた。

アリスはうなずいている。

「日本庭園もあるにゃ」

「本当だ」

境内に入り込んだ森に遮られて、寺院の全容が見えないのだ。

先日の時子はアリスと山門から入った先の正面にある本堂で時間を過ごしている。

そのときにはアリスの知り合いだという「坊さん」にも会えなかった。

無理もなかった。

あらかじめ連絡を取っておかなければ、境内で偶然落ち合うことは難しいだろう。

今回は会えるのかな、と時子はアリスのことを考える。

アリスは屈託もなさそうな顔で案内図を見ている。

「どうする、お前たち」

アリスは友人たちに声をかけた。

「まず最初にお参りだよね」

美々子はすぐに反応した。

お参りして、御本尊を拝む。

建前は、皆でお参りに来ているのだ。

寺社参詣である。

ご飯を食べてまったりするのは、その後だ。

一団は本堂に向かった。

 

同時にバスで降りた年輩の女性たちは、本堂を素通りして境内の一角にある墓地に向かう人が多かった。

彼女たちはお寺へのお参りではなく、最初から墓参りだけを目的にしているらしい。

残された時子たち六人が本堂に近づくと、妙な小高い音が聞こえた。

同じ音が延々と鳴り続けている。

「ぽくぽくぽくぽく…」

ヨンミがふざけて真似をする。

木魚を叩く音だ。

その音に重なるように、後から経を読む声が響いてくる。

明朗な、男性の声である。

当然僧侶のものであろう。

「坊さんだ…」

すぐ横にいた時子にだけ聞こえる、小さな声だった。

時子は並んで歩くアリスの顔を見上げた。

アリスも時子を見返した。

嬉しそうな表情を隠さない。

時子も笑顔を返した。

「よかったね」

「うん」

二人のやり取りを町子が黙って見ている。

アリスは時子の顔から本堂の方に、視線を戻した。

早足になって、一団の先頭に先んじた。

「アリスどうした」

二番手になった美々子が怪しんで、声をかける。

「知り合いの坊さんだにゃ」

声を弾ませて先へ行く。

「知り合い?ああいうお経を読む声でわかるもんなの?」

「わかる」

事もなげに言い、友人たちを置いて本堂に入ってしまう。

「待ってよアリス、お坊さんを私たちに紹介しな」

慌てて追いかける美々子である。

時子たちもアリスと美々子を追って本堂に迫った。

「ぽくぽくぽく…」

ヨンミは木魚の音が気に入ったらしい。

歩きながらまた真似している。

木魚が珍しいのだろうか。

「あにえよ、うりならえどもったくんいっそよ」

私の国にも木魚はあります、と控えめに言い添えている。

しかし時子には返事をする余裕がなかった。

アリスと件の僧侶の邂逅を、見逃したくない。

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