『瞬殺猿姫(51) 海の上、阿波守に復讐する猿姫』

織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)と蜂須賀阿波守(はちすかあわのかみ)は力を合わせた。

二人で茶店の中から、猿姫(さるひめ)の体を抱えて、外に運び出した。

外には、農家で借りた荷車を支えて、佐脇与五郎(さわきよごろう)が待っている。

阿波守が猿姫の背中側から両脇の下に手を入れて彼女を持ち上げ、三郎は猿姫の両脚を大事そうに奉げ持っている。

猿姫はおとなしくされるがままになっている。

阿波守と三郎は二人で息を合わせて、荷車の上まで猿姫の体を運んだ。

「猿姫殿、ご気分はいかがでござる」

荷車の上に力なく収まった猿姫を、三郎は気遣った。

「恥ずかしい」

猿姫は小声で短く答えた。

阿波守が笑い声をあげる。

「あ、しまった、私の棒」

猿姫が慌てて、荷車からはみ出た手足をばたつかせる。

三郎も慌てて茶店の中へ。

猿姫愛用の得物を回収して戻ってきた。

「大事なものを忘れるところでござった」

「私としたことが」

猿姫は棒を受け取って、大事そうに自分の体の上に置く。

「これもです」

三郎は猿姫に編み笠を手渡した。

「ちょうどいい、恥ずかしいからこれで顔を隠そう」

猿姫は編み笠を目深にかぶった。

口元しか見えない。

三郎たち三人も、編み笠をかぶっている。

朝からの旅装のままだ。

「急ぎましょう」

佐脇与五郎がうながした。

三郎と阿波守はうなずいた。

いよいよ半年の間頓挫していた南伊勢への旅を再開する。

仲間三人が集まり、そこに与五郎という同行人も加わったが、先行きの不安である。

茶店の中に襲ってきた刺客を残したまま、心残りもある。

だが、同じ場所に留まっていることが一番危険だ。

一向は南へ、伊勢街道を進んだ。

与五郎に代わって、猿姫の乗った荷車を三郎が押している。

自分が猿姫の近くにいないと、三郎は安心できない。

「漁民の家に着き次第、小船を借りましょう」

落ち着いた与五郎の声に、励まされる心地になる。

三郎はうなずいた。

 

近隣の漁民から小船を借りて、伊勢の海に漕ぎ出した。

とは言え、沖に出るわけではない。

着かず離れず、岸辺に沿って南下する。

阿波守が櫂を担当した。

阿波守の出身である蜂須賀氏は川並衆と呼ばれる集団に属している。

この川並衆は尾張国美濃国の間の木曽川流域を根城にしており、木曽川を使った物流、渡し舟の運営等を収益源にしている。

その縁で阿波守も船の扱いに長けている。

運よく、海は凪いでいた。

「しかし俺は川舟には慣れていても海に漕ぎ出すのは慣れておらん」

阿波守は弁明した。

半年前、三郎たちは猿姫の漕ぐ川舟で木曽川から白子まで海を来ている。

猿姫に船歌を強要した結果、船歌を知らない彼女はやむなくお田植え歌を歌っている。

「そうだ。髭、貴様、歌を歌え」

船底に横たわった猿姫が、思い出したように言った。

「歌とは」

船尾に立つ阿波守は、そ知らぬ顔で潮風を頬に受けている。

「とぼけるな。お前、前に私が船を漕いだ時は私に歌わせただろう」

猿姫は小声で抗議した。

「そう言えばそうですな」

三郎も同調した。

猿姫は、船を漕ぎながら歌を歌った状況を思い返している。

「女が船を漕ぐのは不吉だの、船歌を歌わないのは不吉だの。およそ縁起でもない嫌がらせをしてくれたじゃないか」

思い返すと腹が立って、小声で抗議し続けた。

三郎は口をつぐんで、阿波守の方を見た。

船尾で櫂を操りながら、阿波守は平然としている。

「その節は無礼なことを言って悪かった」

猿姫の方を見下ろして、口先で謝罪した。

「許すか」

猿姫の怒りに火がついてぶり返し、収まらない。

「お前も船歌を歌え。でないと不吉だ」

「この俺に可愛らしい声でお田植え歌でも歌えと言うか」

猿姫は起き上がろうとする。

「このむさくるしい髭面が」

「猿姫殿、傷に障ります」

三郎が慌てて猿姫を押し留めた。

「阿波守殿、怪我人を愚弄するのはお止めくだされ」

「愚弄した覚えはないが」

阿波守は平然と船を漕いでいる。

船上の騒ぎと裏腹に、海面は穏やかである。

空には雲も少ない。

「歌など歌わなくとも、見ろ、俺の日頃の行いがよいから海も凪いでいるではないか」

「お前の日頃の行いじゃない。私の日頃の行いがいいんだ」

猿姫が憎々しげに阿波守を見上げ、毒づいた。

三郎と与五郎は苦笑している。

「さっさと歌わないか」

猿姫はあきらめなかった。

船底から愛用の棒を取り上げ、船尾の阿波守の腹を突く真似をする。

「危ない、海に落ちる」

阿波守は大げさによろめいてみせた。

なかなか歌おうとしない。

「阿波守殿、拙者も船歌を一度聞きとうございます」

三郎は猿姫を助けに入る。

「事情は知りませんが、ここまで言われるのだから歌って差し上げてはいかがか」

事情を知らない与五郎も猿姫たちに加わった。

阿波守は渋い表情になった。

追い詰められている。

「運び賃を払った船客にだけ聞かせる歌なのだが」

「お前にはよほど借りがあるはずだ、髭」

阿波守はため息をついた。

それから息を吸って、木曽川の船歌を歌い始めた。

 

船上では、猿姫と三郎が船底に仲良く並んで横になり、寝息をたてている。

船先に後ろを向いて座った与五郎も、眠そうな顔でうつむいている。

船尾で櫂を操る阿波守は、板に付いた様で、船歌を歌う。

阿波守の明朗な声と、穏やかな波の音が溶け合って響いている。

小さな船が海岸沿いをゆっくりと南に進んでいった。

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