『外国人客』
ランチタイムのヘルプで入る、時短シフト。
そういう契約でファミリー・レストランに勤めている。
控え室で着替えを済ませて、慌しい厨房内の人たちに挨拶をして、ホールへ向かう。
「ミコちゃん、早く」
ホール入口の付近で、同僚の田北寧子が焦りがちに手招きしていた。
「えっ何?」
ホールに人が足りていないのだろうか。
事前に決められたシフトで、今日はミコと寧子を含めて四人、ホール担当が出勤しているはずだった。
「早く出て来てくれて助かった」
寧子はミコの右腕を両手で取って、引き寄せた。
「何よ」
「あのねー、あっちのお客さん」
ミコに張り付くようにして、出入り口向こうのホールに寧子は視線を送った。
「どの?」
「あの」
自分の顔のすぐ横に右手を寄せて、一点を指差した。
円形のテーブル席が点在するホールの一角に、二人組が座るテーブルがあった。
若い男女。
国はどことは知れないが、明らかに外国人だと見てとれる容姿。
ミコは嫌な予感がした。
外国人男女二人は、疲れている。
女性はうつむきがちで、時折、体面する連れの男性の顔を見る。
男性の方はメニュー表を手にして、険しい視線をこちらに送っていた。
彼とミコとで目が合った。
「ね、ミコちゃん、ワールド・トラベラーでしょ」
横合いから寧子が言った。
「えっ」
何それ、とミコは思った。
「外国人、慣れてるんでしょ」
ミコは実際、海外旅行を生きがいにしている。
海外旅行の合間のオフ期間に、今のように飲食業であったりビル清掃業であったり、複数の仕事をして生活費と海外渡航費とを稼いでいる。
「だから、注文聞いてきてよ、あのお客さんたち、もう席に案内してから結構経つの」
「何で注文取ってないの?」
「近く通る度に男の人がエクスキューズミーって言うんだけど、私英語わからないの。少々お待ちください、って言って他のお客さんの対応で忙しくしてた」
ミコは息を飲んだ。
それでは、あの外国人客たちは呼びかけているにも関わらず、放置されている。
「何やってるのよ、もう」
「だって実際他のお客さん相手で忙しいんだもの。お願いね」
そう言ってそれ以上の追及をかわし、寧子は厨房前のカウンターへ。
出来上がった料理を受け取りに行く。
何やってるの本当に。
ミコは心の中で叫んだ。
寧子以外の二人のウェイトレスも、ホールで他の客の対応にかかりきっている。
皆、嫌がっているのだ。
観光地でもない、外国人住民が多いわけでもない小さな街のこの店に、外国人客は滅多に来ない。
皆が慣れていなかった。
出勤して早々ついてない、とミコは思った。
彼女だって、海外旅行し慣れているとは言っても、英語が話せるわけではないのだ。
そこに、恐らく機嫌を損ねている外国人客。
こんな難しい客を押し付けられて、ついていない。
自分のせいではないのに。
でもこれ以上、彼らを放っておくわけにもいかない。
もう自分の仕事になってしまったのだ。
注文用端末を手に、件の外国人客のもとに早足に向かった。
「お待たせして、大変失礼いたしました」
テーブル近くに歩み寄るまで、自分を見据える男女の冷たい視線が痛かった。
二人の視線を避けるように、ミコは頭を下げた。
男性客が、英語で、彼女のことをなじった。
その調子から、何を言われたか、だいたいわかる。
(あなたは私と一度目が合ったのに、なぜすぐ来なかったのか。自分たちの陰口を叩いていたのではないか)。
そう言われたのだ。
自分にはどうしようもなかったのだが、客の身になれば無理もない。
弁明することができなかった。
「申し訳ありません」
謝罪する。
「彼は何度も呼んだのに、無視をされました」
女性が穏やかな声の日本語で、言い添えた。
目はじっとミコを見ている。
ミコは、背筋が寒くなった。
穏やかな声だけに、怒りを抑えているのが伝わってくる。
「こちらの手違いで、ご迷惑をおかけしました。本当に申し訳ありません」
日本語を話す女性に向けて、頭を下げた。
「私に謝罪はいらない。彼がかわいそうなのです。ずっと呼んでいました」
女性は静かに言葉を返す。
ミコは慌てて、男性の方に視線を転じた。
目が合った。
怒りよりも、疲れだった。
男性はため息をついた。
(あなたのせいではないのかもしれない)。
ひとりごとのように。
(この国の人は、むやみに詫びる。口先だけで。謝罪は易い。この国に来てから、誰も彼も)。
ミコの胸に疼痛が走った。
自分のせいではない。
自分は何も悪くない。
でも皆の代わりに私が謝ってあげよう。
ちょうど、そう思いながら頭を下げていた。
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