小説:手間のかかる長旅

『手間のかかる長旅(080) 乱れた化粧と時子』

何か、アリスはつらい目に遭って弱っていたらしい。 声をあげてさんざん泣いた後、今は落ち着いている。 彼女の横顔を、時子(ときこ)は見ていた。 目の下に流れたアイラインを無造作に拭いたせいで、目の周りと頬は無惨に汚れている。 見ていて気の毒にな…

『手間のかかる長旅(079) アリスを落ち着かせる』

アリスは、時子(ときこ)に抱きついたまま、彼女を放そうとしない。 仕方がないので、時子は自分より大柄なアリスの腰を、抱えた。 そうして元の公園まで、彼女を引きずるようにして一緒に歩いた。 道を行く通行人たちの視線が気になる。 公園に戻った。 ベ…

『手間のかかる長旅(078) 時子もアリスも情緒的』

土曜日の朝。 前夜に一睡もできなかった末、時子(ときこ)は寝床から身を起こした。 横になったまま、一晩中不安な思いにとらわれて、目が冴えてしまったのだ。 昨晩、友人の町子(まちこ)からメールを受け取った。 友人の一人、アリスが怒っているという…

『手間のかかる長旅(077) アリスの怒りを知った時子』

いつまで経っても、書くべきことが出てこない。 時子(ときこ)は机の上にノートパソコンを開いたまま、その手前に突っ伏している。 一日記事10本更新どころか、1本も書けなかった。 机の表面に頬を押し付けながら、ぼんやりしている。 何もかも面倒になった…

『手間のかかる長旅(076) 時子はブログを開設したものの』

三人でお昼ご飯をつくったり、午睡に耽ったり、起きてトランプで遊んだり。 苦しくも、スケジュールの空白を埋めることができた。 夕暮れ時になった。 ドラッグストアで働く美々子(みみこ)のシフトが、終わりを告げる頃だ。 時子(ときこ)と町子(まちこ…

『手間のかかる長旅(075) 町子のブログを、頑として読まない時子』

三人で、ぼんやりと、古墳の周囲に長居するわけにもいかない。 時子(ときこ)は、町子(まちこ)とヨンミを近くの自宅に連れていった。 どうせ時間をつぶすなら、自宅がいい。 町子はこれまで何度か遊びに来たことがあるし、ヨンミもすでに一泊している。 …

『手間のかかる長旅(074) 三人で古墳に来た』

三人で、時子(ときこ)の自宅近くにある鉢形山古墳まで来た。 「だから古墳なんて嫌だって私は言ってるでしょ」 古墳の嫌いな町子(まちこ)は、古墳の前に立ってごねている。 しかしもう現地に来てしまったので、手遅れだった。 「まちこおんに、ちょごる…

『手間のかかる長旅(073) 町子は古墳が嫌らしい』

町子(まちこ)は、苦笑する。 「まあ、私はなんだかんだで何でもネタにできるから、何でもいいの。どこに行ってもいいの、時間つぶせるなら」 友人二人に、済ました顔を向けて、言った。 時子(ときこ)とヨンミは町子の顔を見ている。 「面白いネタは常に…

『手間のかかる長旅(072) 小さな候補地選び』

妙な雰囲気になったまま、四人は食事を終えて別れた。 ヨンミの分の支払いは、美々子(みみこ)が払った。 美々子には、午後からも仕事がある。 彼女の仕事が終わって帰宅するまで、ヨンミは時子(ときこ)と町子(まちこ)に同行することになった。 ヨンミ…

『手間のかかる長旅(071) むしろ時子のことが心配』

だいたい自分だって、生活に苦労している。 時子(ときこ)はそう思った。 ここしばらく、両親からのわずかな仕送りのほかには収入がないのだ。 自分だってヨンミと同じくらい状況は切羽つまっている。 先日はアリスにも心配された。 できることなら自分も働…

『手間のかかる長旅(070) 次の仕事を探しているヨンミ』

つらいのはヨンミなのだ。 下手な同情は無責任だ。 時子(ときこ)は慌てて、くしゃみをするふりをして、流れそうになった涙をごまかした。 「だからさあ、店も辞めたいし、しばらく休むってそいつに連絡したのよ。ヨンミは」 なにげなく時子から視線を外し…

『手間のかかる長旅(069) その店で働きたいヨンミ』

食事を終えた町子(まちこ)と美々子(みみこ)はコーヒーを追加注文した。 さらに、女性従業員は時子(ときこ)とヨンミにもコーヒーのおかわりをサービスしてくれた。 四人でコーヒーカップを前に、まったりしている。 「この店、静かだし、まったりできて…

『手間のかかる長旅(068) ハンバーグを食べた三人』

時子(ときこ)とヨンミはまったりコーヒーを飲んでいる。 その間、町子(まちこ)と美々子(みみこ)は配膳されたそれぞれの料理を食べている。 町子はスパゲッティペペロンチーノ、美々子はハンバーグランチだ。 二人とも、食欲旺盛なようだった。 午前中…

『手間のかかる長旅(067) ヨンミの進退』

例の女性従業員がテーブル横に瞬間移動してきた。 時子(ときこ)とヨンミの前に水のコップを置く。 美々子(みみこ)と二人でメニューを見ていたヨンミは、驚いて従業員を見た。 ヨンミに笑いかけて、従業員はカウンターの方に戻って行った。 ヨンミの顔つ…

『手間のかかる長旅(066) ヨンミと美々子の仲』

時子(ときこ)とヨンミ、二人で歩いて例の喫茶店にやってきた。 ヨンミは若干緊張している。 家出してきた訳を、町子(まちこ)と美々子(みみこ)に説明するのだ。 何かにつけ緩い町子はともかく、美々子は厳しいところがある。 当事者のヨンミでなく、時…

『手間のかかる長旅(065) ガムは苦手な時子』

おなかがいっぱいで動くのが辛かったが、そろそろ出かけないといけない。 ヨンミが身の回りのものをまとめて、持参したボストンバッグの中に片付けている。 その仕草を眺めながら、時子(ときこ)は歯磨きした。 先ほど二人で食べたキムチは美味しかったが、…

『手間のかかる長旅(064) おやつにご飯とキムチ』

結局ヨンミは時子の自室まで、購入した米袋総量10キロを運んでくれた。 ヨンミは小柄な女性で、特に力持ちにも見えなかった。 その彼女が自室までの短くはない道のりを、文句のひとつも言わず重い米袋を運ぶ姿に、時子は感銘を受けた。 もしかしたらヨンミな…

『手間のかかる長旅(063) 二人はお米で頭がいっぱい』

二人は朝食にトーストを何枚も食べて出てきたのだ。 だが古墳を見て、かまどとお釜とご飯とを連想した時子(ときこ)とヨンミは、それぞれご飯に心を奪われた。 前夜、夕食の際に十分なご飯を食べられなかったことが、心残りでもあった。 「なんか、ご飯食べ…

『手間のかかる長旅(062) 古墳とご飯』

坂道を登って雑木林を抜け、小さく開けた場所に出た。 時子(ときこ)とヨンミは、盛り上がった古墳の裾に立っていた。 「わりと大きいね」 時子は感心して声をあげた。 古墳は、土を持った円形の小山だった。 数メートルの高さがある。 小山の斜面の上部に…

『手間のかかる長旅(061) 住宅地にそんなものもある』

朝食後、時子(ときこ)はヨンミを案内して自宅の周辺を散歩することになった。 周辺は、何の変哲もない郊外の住宅地である。 特に見るものもないが、昼の待ち合わせまでかなり間があるので、軽く時間をつぶそうと時子は思ったのだ。 二人で部屋にいて、それ…

『手間のかかる長旅(060) 二人の朝食』

翌朝、部屋は冷え冷えとしている。 時子(ときこ)が目覚めたとき、彼女はヨンミと抱き合う格好になっていた。 寒かったので、お互い同じ寝具の中で丸まるうちに、抱き合っていたらしい。 人間二人で抱き合って寒さをしのぐ話を、登山小説か何かで読んだこと…

『手間のかかる長旅(059) 部屋にある寝具』

食事を済ませて、時子(ときこ)とヨンミは交代でシャワーを使った。 時子はパジャマに着替えた。 ヨンミはパジャマを持参しなかったらしく、シャワー前とは別のTシャツとジャージに着替えている。 その後の二人は、言葉が通じない以上特に話すこともなく、…

『手間のかかる長旅(058) 米不足の食卓 』

ヨンミを泊める一件をとりあえずメールで連絡した町子(まちこ)と美々子(みみこ)から、時間差を置いてそれぞれ返信が来た。 勤務先での休憩時間に入ったのだろう。 時子(ときこ)はそれらのメールを読んだ。 二人とも激励の言葉と、明日の昼に例の喫茶店…

『手間のかかる長旅(057) ヨンミがうらやましい時子』

時子(ときこ)は、友人のヨンミを部屋にあげている。 こうなった以上は、なんであれ今晩は彼女を泊めなければ、と時子は思った。 「まあ、とりあえずは今晩は泊めるよ」 畳の上に二人であぐらをかいて向かい合っている間に、時子はヨンミに言い渡した。 「…

『手間のかかる長旅(056) 甘すぎるお茶請けクッキー』

時子(ときこ)とヨンミは肩を並べて、自室の真ん中にあぐらをかいて座っている。 二人して、マグカップで入れたばかりの紅茶を飲んでいた。 目の前に、茶器類が載ったトレーを置いている。 トレーの上には、お茶請けのお菓子の紙箱もあった。 ドラッグスト…

『手間のかかる長旅(055) 思い余って二人で部屋に入る』

ヨンミは切実な目でこちらを見ている。 時子(ときこ)は戸惑った。 ヨンミの足元に落ちているボストンバッグから察するに、おそらく泊めて欲しいと言っているのだ。 どうしよう、と思った。 なにしろ意思疎通ができない。 「泊めて欲しいの?」 「ね」 ヨン…

『手間のかかる長旅(054) お金が欲しいままに自宅に戻る』

食事の後の、つかの間の雑談を終えた。 店を出た時子(ときこ)たち三人は、挨拶を交わしてその場で別れた。 それぞれ、午後からの予定に向かうのだ。 町子はアルバイト先、アリスは広告向けの撮影でスタジオに行くという話だった。 時子には、午後の予定は…

『手間のかかる長旅(053) お金の話はつらい時子』

「ごちそうさま」 食事を終えたアリスが、空になった食器類を前に手を合わせている。 こういう作法も誰か教えた人がいるのに違いない。 時子(ときこ)はぼんやりとアリスを見ている。 カップに残っていたコーヒーを口にした。 町子(まちこ)もアリスの隣で…

『手間のかかる長旅(052) 恐山は日本の聖地』

時子(ときこ)も町子(まちこ)も、戸惑ってアリスを見た。 「恐山って。あの石を積んだ河原があって、霧に包まれてて、イタコさんがいるところでしょ」 「まったくその通りだにゃ」 アリスはくぐもった声で返事しながら見返している。 バターライスをスプ…

『手間のかかる長旅(051) 日本の聖地を推す友』

アリスは料理をおいしそうに食べている。 適度な速度である。 時子(ときこ)も町子(まちこ)も、彼女の食事に付き合って長々待たされずには済みそうだ。 それぞれ自分のケーキを食べ終えて落ち着いたので、二人はアリスが食事する様を眺めている。 アリス…