『手間のかかる長旅(044) 企み後の、良心の呵責』

町子(まちこ)は上目遣いに東優児(ひがしゆうじ)を見ている。 

先ほどまでは、悪徳警官ばりの尋問ぶりだったのだ。 

物を頼むときだけそういう態度かと内心、時子(ときこ)は町子に憤慨した。 

だが時子も町子にそうした目で見られて頼られたときには嫌とは言いづらい。

 そして町子に好意を持っているらしい優児にとっては、町子の媚びはなおさら堪えるらしかった。 

「弱みって、どういう…」 

困惑がうかがえた。 

「だからですね。美々ちゃんが私たち相手に荒ぶったときにですね。その首根っこを押さえることのできる秘密ですよ」 

町子はしれっとした顔で言ってのけた。 

時子の隣で、優児は困って身悶えしている。 

「あの、教えたいのは山々なのですけれど、そういうことを教えてしまうと私が後から美々子さんに恨まれます」 

正直に言った。 

優児は、交際中の美々子(みみこ)には義理堅い男性らしい。 

時子は安心して、嬉しくなる。 

だが、町子にはその答えが面白くないらしい。 

渋い顔で優児の顔を見据えた。 

優児は背筋を緊張させる。 

「東さん。確かさっき、協力してくれるって言ったの聞きましたけど」 

「ええ、それは」 

組んだ両手を大腿の間に隠して、優児は体をよじっている。 

苦悩がうかがえる。 

「知ってますよね?美々ちゃんの、弱みになりそうなこと」 

また、上目遣いの視線。 

優児は軽く唇を噛みながら、その視線を受け止めている。 

「…いくつかは」 

小さな声だ。 

町子は聞き逃さなかった。

 「そうですよね。いくつかは知ってるはずですよね」 

言質を取るような、いやらしい応じ方である。 

「知ってるなら、私に教えてください」 

「でも、あの…」 

優児はあがいた。 

「何ですか、教えてくれないんですか?」 

「教えます。ただ、あの、悪用しないって約束だけ、していただけませんか…?」 

状況とは逆に、優児が町子に物を請うている。 

時子は気の毒になった。 

もはや、美々子の弱みを教える流れになってしまったのだ。 

「もちろんよ。友人同士で仲良くするための、仕方なしのことなんですから」 

町子は舌なめずりでもしかねない顔だ。 

だが、追い詰められた優児はそれに気付かないらしい。 

彼は軽く深呼吸をした。 

それから小声で絞り出すように、美々子の弱みをいくつか暴露してしまった。 

 

一人、優児は帰っていった。 

当初の目標どおり彼から美々子の弱みを聞き出せた町子は、上機嫌でいる。 

「私、こんなにうまく話が進むとは思わなかったわ」 

だが時子は、テーブルの向こうから町子に冷ややかな視線を浴びせている。 

「ちょっと時ちゃん、何その目は」 

気付いた町子は大げさな声をあげる。 

「私を罪人みたいな目で見てる…」 

「だって罪人でしょ?」 

時子が自分でも驚くほど、冷淡な声が出た。 

町子の顔から完全に笑いが消えた。 

「そんな、私がんばったのに…。罪人扱いなんてあり得ないよ」 

「町子さんが、がんばったのは認める。でも私、今凄くうしろめたい」 

企みは成功した。 

だが美々子の裏をかいたことと、生真面目で純朴な優児を痛めつけて成果を得たことで、時子は耐え難い思いがしていた。 

町子に気に入られたいばかりに美々子を裏切ることになって、これから優児は苦しむに違いない。 

もしくは良心の呵責から美々子に事情を打ち明けてしまい、彼は美々子と破局の上、時子と町子のグループ内の立場も危うくなるかもしれない。 

ひと握りの情報のために、大変な罪を犯してしまった。 

鼻の奥が熱くなり、時子は思わず目頭を押さえる。 

時子の様子を目の当たりにして、今まで調子づいていた町子も神妙になり、涙ぐんでいた。

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