『手間のかかる長旅(084) アリスに脅され、優しい町子』
アリスのグラスを強奪してバーボンをあおった時子(ときこ)である。
今やテーブルの上に突っ伏して、酔い潰れている。
「時ちゃん、大丈夫?」
テーブルの向こうで、町子(まちこ)がしきりに気にしていた。
時子は、酒を飲み慣れていないのだ。
少量のバーボンを口にしただけでも、重い影響を受けた。
テーブルの上に頬をつけながら、町子に無事を伝えようとする。
だが、力なく声を出しただけに過ぎなかった。
全身が熱っぽく、気だるい。
「慣れてない子は、仕方ないにゃ」
すでに5杯のグラスを空けていたアリスは、陽気な声で言う。
突っ伏している時子の頭を撫でた。
アリスの隣で、町子は腕を組んでいる。
「時ちゃんがこうなったら、これはもうお開きにした方がいいわ…」
「なんでよー」
アリスは抗議する。
彼女はまだ飲み足りない顔で、町子に訴えるような視線を向けた。
「時子はしばらくこのままにして、二人で飲もうよ」
町子に誘いをかける。
「駄目」
町子は言下に断った。
「なんでよー」
「私まで酔ったら、時ちゃんを家に送っていく人がいないでしょ」
「お前、車の免許ないでしょう」
「免許ないし運転もしないけど、酔い潰れた子に肩を貸すぐらいのことはするよ」
町子は落ち着いて答えた。
アリスは頬をふくらませる。
「私が酔ったって、置き去りにする癖に」
「しないよ。あなたは酔わないし、だいたい私たちより年上じゃん」
町子は呆れてアリスを見た。
「年上の外国人は置き去りにしてもいいのか」
「置き去りにしないったら。いいよ、もしアリスが酔い潰れたら、あなたのことも家まで運んであげる」
酔ったアリスに絡まれ、町子は苦し紛れに安請け合いしてしまった。
二人の会話を聞きながら、時子はアリスがこれ以上酒を飲まないように祈っている。
同じ頃、市内のドラッグストア。
「おそおせよ~」
店内に入ってきた客に、入口付近で品出しをしていたヨンミが、愛想よく挨拶する。
従業員のトレードマーク、青いエプロンを見につけていた。
顔には入念な化粧を施して、白い顔をしている。
白い顔のヨンミに異国の言葉で迎えられて、客は戸惑いながら入店した。
ヨンミの働きぶりを、店の中ほどから、同じく従業員の東優児(ひがしゆうじ)が見守っている。
「美々子さん、ヨンミさんに挨拶の仕方を教えた方がいいんじゃないかしら…」
優児は恐る恐ると言った様子で、カウンター内で伝票を整理していた美々子(みみこ)に声をかけた。
優児も美々子もヨンミと同じく、ファンデーションで白い顔に、赤く塗った唇を浮かび上がらせている。
青いエプロンも身につけている。
顔と髪型、体格の違いをのぞいては、三人とも同じ人間のような外見だ。
そのうちの一人、優児が、美々子のうつむいた顔を見つめている。
「挨拶の仕方って、何だよ?ヨンミ、ちゃんとしてるじゃん」
顔すら上げず、美々子は取り合わなかった。
「そうだけど…」
優児は困った顔をした。
「お客さん、びっくりすると思うの」
「びっくりするかもしれないけど、もてなしの心は通じてるだろ」
美々子はヨンミをかばう。
ヨンミは今日から美々子、優児と一緒にこの店で働き始めた。
店長に代わり美々子が仕切る店である。
美々子は当分、ここでヨンミが働けるように暗躍したのだ。
美々子に断言されると、優児の方ではそれ以上言う言葉はなかった。
自分よりも美々子の判断の方がいつも正しい、と彼は信じている。
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