『手間のかかる長旅(086) アリスと二人で待ち合わせる時子』
時子(ときこ)は、もやもやと不明瞭な夢を見た。
いつもは鮮明な夢を見ることの多い時子だ。
昨夜の夢は不明瞭で、ただ悪夢でなかったことだけが幸いだった。
ここ最近、悪夢に悩まされる夜が多いからだ。
目覚まし時計のアラームに起こされて、時子は掛け布団をのけて、敷布団の上に起き上がった。
今日は午前中から、アリスと会う約束をしている。
昨夜、ほろ酔い加減のアリスに誘われたのだ。
官庁街の近くにある小さな公園で、時子はアリスと待ち合わせしていた。
税務署、裁判所、郵便局など、公共機関の背の高いビル群が立ち並ぶ界隈である。
先日、町子(まちこ)と美々子(みみこ)と会った警察署に行った日、時子は食事場所を求めて公共施設を探したことを思い出した。
目の前で、公園の入口付近に立ってこちらに手を振るアリスに手を振り返しながら、時子は美々子のことを考えている。
今日も美々子は、シフトに当たっているのだろうか。
「何考えてたにゃ」
今日はフード付きのパーカーと肌に密なジャージ、スニーカー。
随分とカジュアルな格好のアリスである。
むしろ部屋着のようで、カジュアル過ぎるほどだ。
これまでプライベートで会うときも、毛皮のコート等お金のかかった服を身につけて。
本職がモデルらしい、それなりのお洒落をいつでも忘れないアリスだった。
ところが、化粧も薄くなっている。
「何も考えてません」
今度はアリスの風体の変わり様に心を奪われながら、時子は静かに答えた。
「嘘をつけ」
パーカーのポケットに両手を突っ込んで、アリスは言った。
昨夜、大量のアルコール飲料を口にした名残りは見られない。
平然としている。
そんな彼女に、時子は見据えられている。
「いつも何かしら考えごとをしている癖に」
アリスには、習性を読まれている。
「この間、美々子さんと一緒に警察署でお昼を食べたの、思い出したの」
正直に言った。
「ああーそうなんだ」
と、アリスは受け流した。
「でも今日は、警察署には行かないよ」
私だって行きたくない、と時子は思う。
依然、河川敷で自分を脅した悪徳警官に出くわすおそれが高い。
「行かなくていい…」
「今日は、別のところに行くからね」
アリスは時子をうながして、公園の外に向けて歩き始めた。
足が長いので、歩調が早い。
慌てて時子は彼女を追った。
「え、どこ行くの」
「職業安定所だよ」
やはり彼女は、寒がりだ。
パーカーの襟元に口元をうずめながら、アリスは答えた。
「…職業安定所?」
時子は目を丸くした。
アリスの口から出ると、瞬時には意味をとりかねる単語だ。
アリスが足を止めないので、仕方なく並んで歩道を歩いた。
「ね、職業安定所って、どうしてそんなところに行くの?」
「だって、いい仕事あるかもしれないじゃん」
早々と歩きながら、時子を横目で見て言う。
「いい仕事って…」
アリスは、外国人タレント専門の芸能事務所に所属していたはずだ。
そこから請け負う仕事で、生計を立てていたはずだ。
「アリス、お仕事してたよね」
「いや、もうしてない。タレントのビジネスは、頓挫したの」
アリスは早口に言った。
時子は、一瞬言葉に詰まる。
無言でアリスの脇を歩いた。
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