『パンなどいらない、ワインのみをくれ』

駄目だ。

水を飲んでも飲んでも。

酔うことはできない。

水道水にはアルコール分が入っていないのだから、当然だ。

酔いたい気分の私の手元に酒がない。

どこかに、アルコール分の入った水が出てくる蛇口はないものか。

そう思い私は、アルコール分欲しさで必死に、ネット検索に走る。

ヨーロッパのある国に行けば、ワインが出る蛇口があるそうだ。

聖地巡礼の街道沿いの修道院で、巡礼者をもてなすためにつくられたものだという。

それは巡礼者をもてなすため、である。

であるから私のような飲んだくれがその遠国の修道院にたどり着いて、居ついて、毎日そのワインを盗み飲んだものなら。

修道士たちは手に手に棒を持ち現れ、私はその場から追い払われるだろう。

巡礼者、また飢えて路頭に迷う者にであれば、彼らもパンとワインを施すかもしれない。

だが、私はパンなどいらないのだ。

ワインのみをくれ。

この私こそは貪欲にワインを欲しがる、禍々しい暴徒だ。

悪魔の手先だ。

忍耐強い敬虔な神への奉仕者すら、私のことは持て余すだろう。

「しかし、あなたの渇望を癒すお手伝いはできるかもしれません」

白い僧服をまとった修道士が現れて、私に優しく告げる。

「そうやってあなたがワインに心をとらわれるのには、何か原因があるはずです」

修道士は、同情を持った目で私を見ている。

「悪魔の手先どころか、あなたは迷える子羊です。我らと共に戦いましょう」

私は、胸が苦しくなった。

その「原因」を明らかにしたくないからこそ、酒を求めているのだ。

酔いたくなる原因。

自分の中にあるそれを突き詰めれば、酔わずに済むかもしれない。

でも、そんなのは口先だから言えることだ。

酔いたくなる原因が見つかれば、次にはその原因と戦わなくてはいけない。

戦うことは、苦しい。

それがわかっているから私は、原因の探求をなおざりにして、アルコール分を求めている。

「俺にワインをくれるか、でなければ人のことを詮索するのはやめてくれ」

口先で乱暴にそう言いながら、その口ぶりとは裏腹に、私は修道士の顔を上目遣いに見た。

修道士は口をつぐむ。

しばし、二人で無言のまま顔を見合わせた。

彼は口を閉じ、目を見開いて私を見ている。

ワインをくれる気配はなかった。

素面で目にしなければ、その恩恵も得られまい。

荘厳な光景。

鼻先をくすぐる香の香り。

耳に心地よい賛美歌。

しかしワインのことをしか考えていない私のような者には、彼らも門を閉ざすだろう。

 

修道士の幻影を振り払った後、私はいよいよ追い詰められた。

アルコール分!

アルコール分!

小銭入れを手に家を出て、近くの酒店に出向いた。

芳醇な香りのヨーロッパ産ワインが飲みたい気分だったが、店に置いていない。

やむを得ない。

私は南九州産の、ワンカップ焼酎を買って帰った。

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