『手間のかかる長旅(090) アリスの見つけた求人』
昼時、職業安定所から出て、時子(ときこ)はアリスと連れ立って歩いた。
結局、応募したいと思える求人には出会えなかった。
「明日も来ようね」
落ち込んでいる時子に、アリスは横から静かに言った。
彼女も、これと言った求人は見つからなかったらしい。
二人で静かに歩いた。
翌朝、また時子はアリスと合流して、職業安定所に来る。
前日と同じく二人肩を並べて、端末で新規の求人に目を通した。
「時子、工場の仕事があるよ」
横から出し抜けに声をかけてくる。
時子の方を見ながら、アリスが自分の端末画面を指差している。
近郊にある、食品工場の求人だった。
時子は、アリスの画面を凝視した。
工場での仕事。
そういうのもあるんだ、と思った。
世間にある仕事と言えば接客の仕事が基本だと思い込んでいた。
でも、世の中にはいろんな仕事があるのだ。
自分が時々、部屋で内職を行っていたように。
「経験不問だって、私でも大丈夫かな」
アリスは、目を丸くして画面を見つめている。
彼女も同じ求人に応募するつもりなのかもしれない。
日本語が堪能だし人当たりも悪くないのだから、彼女は接客の仕事をすればいいのに、と時子は思った。
彼女になら務まる。
件の工場の求人は経験不問とあるものの、その時給は最低賃金として定められる額をぎりぎり上回っている程度だった。
接客の求人なら、全般にもう少し額が上のはずだ。
「時子、この求人、二人で一緒に応募しようよ」
アリスは時子の肩をつかんで揺さぶった。
その目が輝いている。
「どうしたの?」
時子は、怪しんだ。
「アリスなら、もっと収入のある仕事もできるでしょう?」
「そうだけど、いいじゃないか」
鼻を鳴らすアリス。
「資金源を確保するために、安定志向で行くにゃ」
果たして工場の仕事を選ぶのが安定志向なのかな、と時子には確かではない。
工場で働いた経験はないので、実際どんなものかわからない。
ただ想像では、接客の仕事ほどには対人関係の能力を必要としないように思う。
工場の仕事、もしかしたら自分にも務まるかも、と時子にも思えないではなかった。
「こういうところは人手不足だから、二人で応募したら、二人とも通るかもにゃ」
アリスは嬉しそうに言った。
時子は相手の横顔を見た。
「どうして人手不足ってわかるの?」
「工場の仕事は、きついんだよ」
アリスはこともなげに言った。
「え、そうなの、あなた今安定志向で行くって言ったばかりじゃない」
時子は及び腰になる。
低賃金できつい仕事をわざわざしたくない。
「きついって言ってもね、私とお前なら耐えられる系のきつさだよ」
アリスは時子を諭すように、澄ました顔で言う。
意味が飲み込めないので、時子は不安な気持ちになった。
それでも他にこれと言った求人がない以上、この求人に応募する他ないのかもしれない。
アリスと一緒なら、何とかなるかも…。
自分でも甘すぎる期待だとは、自覚しながら。
それでも時子の気持ちは、アリスと一緒に応募する方向に流れていた。
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