『手間のかかる長旅(092) 事務所に入り込んだ二人』
時子(ときこ)は不安な気持ちでいる。
工場の建物に入り、玄関口で履物を脱いだ。
スリッパに履き替えて、アリスと二人、階段を登る。
面接会場である事務所は、建物二階にあるようなのだ。
二階に来た。
事務所入口前に、「入室前にアルコール消毒してください」と注意書きがある。
食品工場である故だろう。
時子とアリスは言われるがままに、入口前に備え付けられたアルコール容器から、アルコール液を手先に注いで揉み込んだ。
「工場ってやっぱり、こういうのあるのね」
「しっ、静かに」
アリスにたしなめられる。
「事務所の内側で、連中が聞いているかもしれないにゃ」
「なるほど」
うなずき合って、神妙にする。
二人が手をアルコール消毒し終えたところで、アリスが先に立って、事務所の扉をノックした。
「失礼しますにゃ」
ひと声かけて、ノブをひねる。
内側に入り込んでいくアリスの勢いに引きずられ、時子も彼女に続いた。
事務所内では、スーツ姿の事務員たちが、それぞれのデスクで働いている。
男性も女性もいる。
彼らは闖入したアリスと時子に一瞥をくれるが、すぐに自分たちの仕事に視線を戻した。
親切に声をかけてくれる人は、いない。
時子は、緊張した。
これが、仕事場の雰囲気なのだ。
「失礼しますにゃ、我々、面接をお願いしてましたにゃ」
アリスは続けて、誰にともなくがんばった。
事務員たちの多くはアリスの訴えを無視するが、その中に、顔を上げて二人を見た人物がいる。
「あ、あなたたちが新人さんの?」
入口近くに座っていた女性の事務員が顔を上げ、次いで席から立ち上がった。
アリスと時子は、かしこまる。
話のわかる人が、いた。
「お待ちしてました」
女性事務員は二人に向けて、丁寧に頭を下げた。
「こちらの応接室で、しばらくお待ちください」
彼女に導かれ、アリスと時子は事務室奥にある応接室に入った。
彼女たちの背後から、事務員たちの視線が注がれる。
件の女性事務員は一礼して、応接室の扉を閉めて外に出て行った。
時子とアリスだけがその場に残された。
二人は、入口近くにあるソファに座る。
10分ほど、座ったまま待った。
「…面接って、時間かかるのね」
思わず、時子はつぶやいた。
「静かに」
アリスは口元に人差し指を当てて、時子を牽制する。
「面接が終わるまで、私語は禁止」
「あ、そうよね」
時子はうなずいた。
確かに、そうだ。
誰に聞かれているか、わからない。
応接室に盗聴器が仕掛けられている可能性だって、無きにしも非ずなのだ。
「採用されれば、全てよし。それまでは、我慢の一手だにゃ」
押し殺した声で、アリスは時子を諭す。
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