『穏やかな午睡を取りたい』
午睡を取る。
ぐうぐうぐう。
昼日中から。
午睡を取っている。
世間体を気にする神経があれば、できない芸当だ。
「見てお母さん、あのおじさん寝てるよ」
「しっ、起こしちゃうでしょ」
私は眠りが浅いので、道行く人々の後ろ指さす声も聞こえてしまう。
そして、眠りが浅いと、夢をよく見る。
道の往来で寝て、人から後ろ指を指される夢を見てしまうのだ。
はっとして目を覚ますと、やはり私は往来の真ん中に横になっていて、道行く人たちがこちらに後ろ指をさしている。
おちおち午睡もできない。
世間体を気にする神経は、こういうときに邪魔になる。
人のいないところに行こう。
私は、眠い目をこすりながら、移動することにした。
郊外にある大川の橋の下は、おそらく静かであろう。
そう思い、大川の橋の下に来たのだ。
大川は、郊外の農地の合間を通る川である。
江戸時代、地元の農民たちがこの大川の治水事業に成功した。
そのおかげで、その両岸が今日まで農地として発展してきた経緯があるらしい。
しかしそんなのは眠い私が気にかけることではない。
大川にかかる、大きな鉄橋がある。
その下には当然大川が通っているが、川の両岸にわずかなスペースがあるのだ。
横幅のある橋の下、人が立って歩くぎりぎりの高さも確保されている。
雨風がしのげる場所なのだった。
午睡にはぴったりだ。
私は、大川の周囲を迂回して、この橋の下に潜り込んだ。
橋の下の大川の両岸には、それぞれ大勢の人たちが横たわっている。
体の下にダンボールを敷いて、体には思い思いにジャンパーなどの上着類かもしくはスーパーのチラシ、新聞等をかけている。
彼らは体温を保っているのだ。
先を越された、と私は思った。
スーツ姿の勤め人風の人もいれば、近くの農地の所有者だろうか、作業着を着た年配の人もいる。
学生なのか社会人なのか、若い女性たちの姿もある。
皆が無防備に、コンクリートの上に横になって、午睡を取っている。
みんな眠いんだな、と同情はするものの、私は気が気でない。
私が横になるスペースが、ないのだ。
自分のいる岸辺で、横になって寝息をたてている人たちの間を忍び足で歩く。
私も寝かせてもらえませんか。
しかし、あまりに人が多く、私が落ち着けそうな場所までなかなかたどり着けない。
眠りを阻害されて、私はいらだちを覚える。
そのとき、気付いたのだ。
眠る人たちを横に、橋脚のたもとに椅子を置いて座る男性がいる。
彼はただ一人、眠るでもなく、周囲にそれとなく視線を巡らせている。
彼と私の視線が合った。
私は、彼がここの顔役だと見抜いた。
横たわる人たちの合間を縫って、顔役の近くに進む。
「私も午睡を取りたいんです」
私は彼に訴えた。
「こんな郊外までわざわざ足を伸ばして、眠ることができないなんて…耐えられません」
「どこでも横になりなさい」
男性は、鷹揚に言った。
「場所がないんです」
「それでは仕方ない。誰かが起きて帰るまで、ここで座って待ちなさい」
彼の傍らの、ようやく座れるだけの空間を示された。
仕方がないので、不満ながらも彼に従う。
私はコンクリートの上に腰を降ろした。
顔役の男性と共に、橋の下の大川の流れと、その両端で眠る人々の姿を見守る。
目を覚ましているのは、我々二人だけだ。
そうしていると、時間は早く過ぎる。
それでも、起きて場所を空ける人は現れなかった。
皆、午睡を自由時間ぎりぎりまで楽しむつもりのようだ。
「おじさんは、午睡をしないのですか」
手持ち無沙汰の私は、顔役男性に話しかける。
「そうだねえ」
なおも川の流れを眺めながら、男性はゆったりと言った。
「私は起きているのが仕事なんだ」
なるほど、と思った。
皆が午睡を楽しんでいても、それを見守る人は必要だ。
「それは、厳しい仕事ですな」
皆が午睡を楽しむ中、一人気を張って起きていなければならない。
言うなれば、ここで眠る人たちの安全は、彼一人にかかっている。
重大な責任を背負っているのだ。
「お気の毒ですが、それではおじさんは、ここで午睡を楽しめないわけですね」
安易な同情は無責任だ、とは思う。
だが、彼一人が背負う重責を思うと、何か同情せずにはおれなかった。
「いやあ」
と、顔役男性は気楽な声。
「夕暮れ時を過ぎれば、この人たちも帰ってしまうからね。夜は、ここで眠るのは私ぐらいのもんだ」
私は、うなずいた。
「夜の大川のせせらぎを独占して眠れるわけだよ」
誇らしげに言う男性の声を聞いて、またひとつ、うなずいた。
午睡が楽しめなくても、夜に質の高い眠りが味わえるのなら、それはそれでいいのかもしれない。
ここで夜まで粘ってみようか、と私は思った。
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