『蓄財、それは善行から』

折々にテレビ番組を見ると、新しい知見が得られるのである。

私の場合、お金が欲しい。

テレビ番組で、お金儲けについて知りたいのだ。

でも私の頭では、お金を得るための難しい話はわからない。

それなので真面目な経済番組ではなく、もう少し俗なお金儲けの番組を好む。

具体的に番組名を挙げれば、『突撃、隣のお金持ち』。

こういう番組がある。

レポーターの男性タレントが資産家の家に赴き、彼らの蓄財術についてインタビューを通して聞き出すという番組である。

私のお気に入りである。

今夜も自室の畳の上に雑魚寝をしながらテレビを見上げ、録画しておいた同番組を見ている。

今回登場したのは、某有名高級住宅地に住む資産家の男性である。

「立派なお住まいですねえ~」

邸宅の居間に通されたレポーターの男性タレントが、いやらしい愛想笑いをする。

資産家たちに対する彼の露骨な追従ぶりと、それとは裏腹に時折見せる冷淡な態度も、この番組の魅力のひとつだ。

番組の視聴者は、わかっている。

この男性タレントは、資産家連中の隙につけ込んで、うまく彼らから蓄財術を聞きだすためにそうしているのだ。

「ご主人、ここまで稼ぐには悪いことのひとつやふたつ、やってるんでしょ?」

歪んだつくり笑いと共に、指で円を作って「ゼニ」のゼスチャー。

この品のないレポーターがこれで、テレビの前の視聴者たちから絶大な支持を受けている。

皆の味方なのだ。

蓄財術を聞き出してくれるのだ。

今回の資産家男性は、追及に笑顔を向けて返す。

「いやあ、悪いことは一切やってません」

「ほんとですかあ~?資産家の皆さんは嘘がお上手な方ばかりで」

「いや、私に限っては本当に違います。いいことしかやってません」

「うまいことおっしゃる」

「いや、本当に。私は善行だけ積んでお金を貯めたのです」

「善行って、具体的にどういうことですかあ~?」

と変わらぬ調子で言いながら、画面に映るレポーターの目付きが変わっている。

鋭くなった。

「だってその、善行だけで高級住宅地に家を建てるなんて、普通に考えて無理ですよね?」

資産家男性は首を振る。

「逆です。まずこの高級住宅地に家を借りたので、善行が積めるようになったのです」

「はあはあ」

「お金が貯まった後に、土地を買って、家を建て直しました」

「なるほどなるほど」

うなずきながら、レポーターは露骨なまでに胡散臭そうな目を資産家に向ける。

そんな目で見られて、資産家は顔を赤くした。

「本当なんです。説明させてください」

「どういう善行なんですか?」

「私は、パンの耳から始めました」

「えええっ、パンの耳?」

レポーターは大げさに驚いたような、馬鹿にしたような声をあげる。

彼の反応に苛立たない資産家はいない。

「パンの耳が善行?」

「いや、だからですね」

資産家は前のめりになる。

「ここに昔、古い小さな家が建ってましてね。昔自殺者があった家だとか、いわゆる事故物件で」

「ええっ、まさかこのお宅がそうなんですか?」

「ええ、いやですから、その建て直す前の話ですが」

レポーターの大げさな身振りを無視しながら男性は続ける。

「そういう物件だったので、周囲の環境の良さとは裏腹に、安い家賃で借りられたのです」

「はあはあ」

「あばら屋でしたし、亡くなった方の霊も出るって噂でした。ただ私は普段から自分の行いには気をつけていますし、祟られるいわれなどありませんから。むしろここに善良な私が住むことで、亡くなった方の霊を慰めることができればと…」

「パンの耳の話はどうなったんですか?」

「だから、それをこれから話そうとしてたんですよ」

資産家は、声を荒げた。

「いいですか、この近所には、パン屋さんが何件もあるんです。この界隈に住んでる人たちはお金持ちで、洋食かぶれの方が多い土地柄ですから、皆さん決まって朝から食パンを召し上がるわけです」

「はあはあ」

「需要があるものだからパン屋さんたちも食パンをたくさん焼くんですね。そしたらたくさん売れる。でも、食パンをつくる過程で切り落としたパンの耳が大量に余るんですよ」

「はあはあ」

「そういうパンの耳の処理にパン屋さんでは困るので、店頭に置いて無料で配るんです。でもこの界隈にいるのはお金持ちばかりだから、そんなパンの耳なんかには目もくれないわけですよ」

「はあはあ」

レポーターは資産家を見据えがら、素っ気無い相槌を打ち続けた。

「ですからね、パン屋さんたちはもったいないと思いながらも、引き受け手のないパンの耳を処分していた。それで私は、そんなパン屋さんたちからパンの耳を一手に集めることにしたんです」

「なんのために?」

「人助けですよ。善行ですよ」

真っ赤な顔で、資産家男性は言い返した。

レポーターは、馬鹿にした顔で相手を見ている。

しばしの間。

「…人助けでパンの耳を集められたんですか。パン屋さんたちが困ってたから?」

「そうです、そうです」

「パンの耳を食べて、食費を節約ですな」

「いや、そういうことじゃないんですよ。私は人助けと思ってパンの耳を集めて」

「まあそれはそういうことにしておきまして、で、どうやって蓄財されたんですか?」

レポーターは付き合わない。

資産家は、空気を吸った。

「それは、パンの耳を集めていると不思議と食べ物に困りませんし、他の善行からの御利益もありまして」

「他の善行?どういうことですか?」

「実は以前からこの界隈、無認可の廃品回収業者が暗躍してましてね」

「はあはあ、暗躍ね」

レポーターは話を合わせた。

「廃品の収集日にですね。区から委託された正式な業者が収集に来ますよね。でもその直前に、無認可の業者が軽トラックに乗って来て金目の廃品をさらっていくんですよ。この辺り、お金持ちの方が多いですから」

「ああなるほど」

「廃品であっても、お金になりそうなものが多いわけでしてね。で、そういう無認可業者が引取場所を荒らすやり方が酷くて。あと、ああいう連中は廃品を持っていった後にどういう扱いするんだか、わかったもんじゃないですから」

「まあ、そうですわね」

「廃品から個人情報を探られるおそれもあるし、その廃品をどこか郊外の山林にでも不法投棄されたりするなんてこともあるから」

「そうですわね」

「問題になってたわけなんです。この界隈の皆さん、困られてまして。そこで私が、考えたんですよ」

資産家は、心持ち得意げな表情を見せた。

「そんな得体の知れない無認可業者に比べたら、ご近所の私の方が信用があるでしょう、と」

「どういうことですかね?」

レポーターは首をひねった。

そうしながら油断なく、話し手の目を見ている。

「これも善行ですよ。廃品の収集日の朝早くに、引取り場所に行きましてね。ずっと見張ってて、無認可の業者が廃品の横取りをしにくいように。相手が実力行使に出る場合、追っ払ったりもするんです」

「なるほど」

「そうするとお金持ちの方の中には、あなたならご近所で素性が明らかだから、廃品で欲しいものがあれば持ってってください、と。そう言ってくれる人も多いんですよ」

「それはつまり、いわゆる金目のものを無認可業者より先にいただく、ということですね?」

レポーターは率直に言った。

「そういうことじゃないんですよ、あくまでこちらの好意で廃品を引取らせてもらうだけなんです」

「はあはあ、まさに善行ですよねえ」

相槌を打つレポーターの口調には、皮肉めいた響きがある。

「あんたね、ずっと我慢してたけど、いったい何なんですかその態度は」

急に激昂する資産家男性。

彼も我慢していたのだ。

「なるほど、なるほど、お話ありがとうございました」

レポーターの男性タレントは相手に取り合わず、カメラの方に意味ありげな視線を送った。

 

テレビ画面を見上げて、私は首をひねっている。

「高級住宅地で事故物件を探せっての…?」

番組内容に思いを巡らせる。

件の資産家男性がパンの耳によって食費を浮かせることができたのも、金目の廃品を集めることができたのも。

最初に高級住宅地で、事故物件を見つけることができたからだ。

私は、とても真似できそうにない、と思った。

高級住宅地に事故物件なんてそうそうないだろうし、だいたい、私は怖がりなのだ。

亡くなった人の霊が怖いので、たとえ事故物件を見つけたとしても住めない。

なら高級住宅地をあきらめて、今いる土地であの資産家男性と同じことを試してみようか?

しかしパン屋さんは近所には少ないし、廃品回収に出される品目だって、一般の住宅地ではありふれた廃品ばかりだ。

それらでお金を稼ぐのは難しいだろう。

今見たテレビ番組の内容を、どうにかして自分の蓄財に活かすことができないだろうか?

 

後日、私はファミリーレストランで食事をしている。

近くのテーブルに、一組のファミリーがいる。

ミモザちゃん、どうしてピザ食べないの?おなか空いてるでしょう?」

母親が、隣に座った小さい子供の食事具合を見て、声をあげている。

「だってピーマン入ってるじゃない。ピーマン嫌いよ。ピザにピーマンだなんて、聞いたことがない」

子供は甲高い声で訴えた。

「ここのピザにはピーマンが入ってんだよ、それが味のアクセントなんだよ」

父親が子供に諭すように言っている。

だが、子供は聞き分けが悪い。

「ピーマンの味がするピザなんて私は食べたくない、イタリア人だってこんなの食べないよ」

「イタリアにだってピーマンの入ったピザぐらいあるわよ…」

「そんなのは偽者よ、きっと本場のピザを知らないチュニジア人とかクロアチア人がつくってるのよ、この店のピザもチュニジア人かクロアチア人のシェフがつくってるんじゃないの?」

ミモザちゃん、やめなさい。厨房に聞こえたらどうするの」

駄々をこねる子に、母親は狼狽している。

背中にファミリーの会話を聞きながら、なるほど、と私は合点がいった。

あの子は、ピーマンが嫌い。

きっと私が声をかければ、あのピーマン入りのピザを私にくれるだろう。

つまり、善行というのは、今のピーマンのような立場の資源をうまく回収することなのだ。

パンの耳しかり、金目の廃品しかり。

ピーマンしかり。

いらないから持っていって欲しい、という相手から合意のもとに資源を集める。

そういう資源を集めて、お金に換える。

それはお金も貯まるはずだ。

 

私は自分の料理を食べながら、現実味を帯び始めた自分の蓄財について、思いを巡らせる。

ピーマン嫌いの人たちからピーマンを集めて、お金に換えよう。

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