『手間のかかる長旅(108) お寺には、精進料理を食べに来た』

如意輪寺境内にある僧坊のひとつで、精進料理がいただける。

入口で靴を脱いで、時子(ときこ)たちは、僧坊の内部に入った。

受付で案内を受け、枯山水の庭園に面した和室一間に通された。

部屋の最中にはテーブルも何も置かれてない、広々とした畳敷きの部屋だ。

畳の上を靴下のつま先で歩いて、皆は壁際にそれぞれ荷物を置いた。

縁側ではガラス戸が閉められていて、ガラス越しに外の風景が見える。

ごつごつとした石が思い思いに庭にたたずみ、その周囲で砂が流れをつくっている。

砂が流れをつくっているように、紋様が刻まれている。

庭とその向こうの山との境目には竹が群生して、それぞれを隔てる壁のようだ。

「ガラス戸開けちまった方が風情あるんじゃない」

美々子(みみこ)が提案したが、冬場の季節柄、誰も賛同しなかった。

「それに閉まってるものを勝手に開けたらいけない」

アリスは静かに言った。

先ほどからアリスが落ち込んでいることを知っているので、美々子もそれ以上抗弁しない。

「お坊さんがお膳を運んで来ますので、お座りになってしばらくお待ちください」

部屋の戸口の外で、案内した女性従業員が声をかけた。

「はーい」

皆が口々に返事する。

ただアリスだけは無言だ。

「でもどうやって座ればいいんだろう」

町子(まちこ)が疑問を口にした。

「何がだよ」

応じながら、もう美々子は畳の上に座り込み、あぐらをかいた。

パンツの生地が収縮して、彼女の脚の形を際立たせている。

「みみこおんに、はじませよ」

立ったまま、ヨンミは控えめに注意した。

「何がだ」

「くご、ちょーちあなよ」

「ふん。こういうところに来たときだけ気取ったって、嘘っぽいじゃん」

言い返す美々子の理屈が、時子は気に入った。

精進料理を食べにお寺に来て、あぐらをかくのは、刺激的でいいかもしれない。

ただそれは、いつも仕草にこだわらない美々子が開放的だからこそ許されるのかもしれない。

自分が場の空気にそぐわない姿勢で座れば、ことさらに皆の不興を買うのでは?

そのように危惧しないでもなかった。

「時ちゃん座りなさいよ」

気付いたら、町子もヨンミもアリスも東優児(ひがしゆうじ)も、車座になって座っていた。

美々子ほどの乱れ方ではないが、それぞれ足を崩して楽な座り方でいる。

時子は皆に習って、車座に加わった。

「お膳が運ばれて来たらお坊さんにひとこと聞いて、いいように陣形を変えましょう」

皆に先んじて、今まで口数の少なかった優児が、実際的な提言をした。

優児を嫌う町子も含めて、皆がうなずいている。

たぶん庭の方を向いて食べたり、皆で向かい合って食べたり、自由なのだ。

それとも、精進料理の作法では、座敷での座り方にも決まりがあるのだろうか。

もしそうなら、僧侶から方針を聞いてすぐに座り方を変えられるように、心と姿勢の準備はしていないといけない。

まさかこうやって自由勝手に座っていたからと言って、お膳を運んできた僧侶にいきなり一喝されるようなことはないだろうけれど…と、そのように考えながら、時子は実際のところ心配になってきた。

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