『手間のかかる長旅(025) 義侠心が強く喧嘩っ早い友人』
時子(ときこ)は体が震えた。
「私、警官に脅されたんだから」
言葉を絞り出した。
「でも、巡回中の警官だったんでしょう?そういう人は普段は派出所にいるんじゃない?警察署じゃなくて」
町子(まちこ)は冷静に受け答える。
「そんなのわからないよ。警察署にも業務があって、そっちにいるかもしれない」
「どうなんだろうね」
町子はため息をついた。
なんで自分がごねているような状況になっているのだ、と時子は内心穏やかではない。
「美々子さんがどうしても警察署でって言ってるのなら、私、一人で公園でご飯食べる」
時子は断言した。
「ちょっと待ってよ…」
うろたえる町子。
「そう言わずに」
「私は警察は無理」
「事情を話せばわかるかもよ」
「話しても警察は生理的に無理」
時子はがんばった。
事件当時町子は眠っていたし、のんびり屋の彼女には、不審な警官に連行されそうになった自分の恐怖感などわからないのだ。
でも、と時子は思った。
美々子(みみこ)に事情を話せば、彼女はわかってくれるかもしれない。
美々子は義侠心が強く、また喧嘩っ早い性格でもある。
時子がどんな目に遭ったか、それを聞いてもなお警察署に行きたがるような友人ではない。
「困ったな」
町子は困っていた。
そんな彼女に、時子は提案することにした。
「やっぱり、一度美々子さんのところに迎えに行かない?」
「そうする?」
「うん。町子さんの言う通り、話せばわかるかも」
時子が態度を軟化させたので、町子はほっとした様子である。
町子はスマートフォンを操作して、美々子に連絡を入れた。
二人で、美々子の勤め先まで迎えに行くことになった。
美々子は近くのドラッグストアに勤めている。
シフト制の勤務で昼休憩も不規則なので、時子たちと昼食を共にする機会はそう多くない。
店舗のそばまで行くと、近くの歩道で美々子が所在なげに立っているのを、時子たちは見つけた。
「美々ちゃん」
「遅いよ」
美々子は低い声で答える。
時子も町子も震えた。
二人とも、極力美々子を怒らせたくないことで気持ちは一致している。
「ごめんね…」
「いいよ。本当はちょっと前に出てきたところだから」
美々子は職業柄もあるのか、動きやすい、カジュアルな服装をしている。
ただ、彼女の顔には念入りな化粧が施されていて、時子町子とは違う星の住人のようだ。
白く塗られた肌の上に、アイラインの強く引かれた切れ長の目と、赤い唇が浮かんでいる。
美々子いわく、社員割引で各種化粧品が購入できるらしい。
また客からそれらの商品について質問されることもあるので、商品知識を蓄えるために、ある程度自分で試さざるを得ないのだそうだ。
「あとやっぱりほら、マネキン的な役割も担ってるから」
美々子は内股になり両手を持ち上げて、その場で妙なポーズをとった。
マネキンを真似ているのだ。
商品見本、ということらしい。
「それはいいけど、警察署でごはん食べるのやめとかない?」
町子はポーズを取っている美々子の袖を引っ張った。
「え、なんでよ。警察めし、楽しそうなのに」
美々子はマネキンポーズをやめて、わずかに眉をひそめた。
化粧崩れを心配してなのか、休日の彼女よりも表情の変化が落ち着いている。
町子は説明をうながすように、時子の方を見た。
仕方がなく、時子は美々子に土手での警察官との一件を語った。
「今どきそんな警官いるの?」
美々子は大きな声をあげる。
時子たちの横を通り過ぎる通行人たちが、驚いた顔で美々子を見て行った。
「そういうことがあったので、悪いんだけど、警察署には行きたくないの」
時子は申し訳なさそうに言う。
「逆でしょ」
美々子は時子に詰め寄った。
「逆?どういうこと」
「警察署に殴り込みでしょ」
表情こそ抑え気味なものの、勇ましい声である。
「その警官のこと、クレームぶち込みに行こうよ」
「いや美々ちゃん、お昼食べないと」
町子は呆れてなだめにかかった。
「そんな話聞いたらお昼どころじゃないよっ、もう」
どすん、とスニーカーの足裏で地面を踏み鳴らした。
また通行人たちが美々子を見て通る。
だが、美々子は気に留めていない。
「クレームを言って、さらに警察に三人分のご飯おごらせる。オーケー?」
「無茶だし、そんなことしてたらあなたの休憩時間足りなくなるよ。それに捕まるよ」
「いいんだよ、それぐらい」
美々子は義侠心が強く、また喧嘩っ早い性格でもある。
うまく、警察に行きたくない別の理由をでっちあげて話せばよかった。
時子は、今さら後悔していた。
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