『手間のかかる長旅(026) 警察署に乗り込む三人の女』

妙な成り行きである。

三人で東区警察署に来ている。

時子(ときこ)は嫌がったのだが、勇ましい美々子(みみこ)を足止めすることは彼女には出来なかった。

町子(まちこ)も多少は時子のために同調してくれたのだが、焼け石に水だ。

「美々ちゃん、やっぱりクレーム入れるのと食堂でお昼食べるの、同時には無理だよ」

警察署の敷地内に入ろうとしている。

町子は最後の悪あがきとばかりに美々子の二の腕を引いた。

「なんでそう思うの?」

町子を振り返る美々子の顔は白くて、濃く縁取りされた目が細められて、迫力があった。

「だって。クレーム入れた後、私たち、食堂に行って楽しくご飯食べられる?」

「それはそれ、これはこれよ」

美々子はこともなげに言い捨てた。

「肉食獣はさ、獲物をぶっ倒した後に楽しくご飯食べるんだよ」

美々子は歌うように言った。

時子と町子の背筋を同時に寒気が走った。

「美々ちゃんは肉食獣かもしれないけど。だいたい時間的にも私たち…」

「さくっとクレーム。さくっとめし」

 

「無茶だわ」

抗弁する町子を美々子があしらっている間に、一行は警察署の建物の前まで歩いて来た。

美々子は、警杖を手にして立っている警官の横をためらいも無く通り抜ける。

警察署内に入っていく。

時子と町子は警官に軽く会釈しながら、美々子の後を追い署内に入った。

署内に入ると、受付のカウンターが待っていた。

一階は受付と事務処理等を行う部署のようだ。

部屋の手前を横切る長いカウンターに沿って部屋の奥に進んでいくと、階段とエレベーターのあるホールに抜ける。

食堂のある他の階に行くためには、カウンター内の署員たちから視線を受けながらエレベータホールに向かわなければならない。

カウンターの内部には、事務机で作業中の署員たちの姿が見える。

またカウンター上にはいくつかの窓口があった。

そのうちのひとつでは落し物でも拾ったのか、早口に話す一人の高齢男性に、女性警官が丁寧な対応をしている。

彼らに脇目も振らず、美々子はずかずかと空いている窓口に突き進んだ。

カウンターに対峙する。 近くの席から、一人の署員が立ち上がった。

まだ若い、男性警官である。

美々子の方に来た。

「はい、どうしました?」

いくらかの緊張感を帯びた声。

美々子、そして彼女の背後から近づいてくる時子と町子に素早く視線を走らせる。

威圧的な雰囲気の警官ではなかった。

受付にいて、一般市民への対応に慣れているのかもしれない。

しかし対して彼に向かって立つ美々子は、腕組みをしている。

いけない、と思った時子は慌てて美々子の傍らに駆け寄った。

「ちょっと言いたいことがあって来たんですよ」

美々子の声は決して友好的とは言えない調子だ。

「なんでしょう?」

警官は少し面食らったらしい。

美々子の態度に警戒心をかきたてられたのかもしれない。

「ウチの友人がおたくの警官に不当な目に遭ってるんですよ」

「ちょっと、美々子さん」

青くなった時子が横から袖を引っ張るのを、ひとにらみくれて黙らせる。

「どういうことでしょう」

驚きと多少の憤慨が入り混じった顔で、若い警官は美々子を見返した。

「時子、説明して」

逃げ腰になる時子につかみかかり、美々子は腰を抱きかかえるようにして、時子の体をカウンターの警官の前に突き出した。

警官の緊張感を帯びた視線が時子の顔に注がれる。

しどろもどろになりながらも、時子は土手の上での警官との一件を、目の前の警官に説明した。

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