『手間のかかる長旅(030) 強情な美々子の希望』

美々子(みみこ)が強いからと言って、旅行の目的地まで彼女の希望に合わせてしまうのはフェアではない。

ただ時子(ときこ)は今、自分のことで警察署員に食ってかかった美々子の義侠心に感じるところがあった。

「私と時ちゃんで、どうしても決まらないなら皆を集めてくじでも引こうかって話をしてたの」

町子(まちこ)はポテトサラダをフォークで口に運びながら美々子に説明する。

「くじとかないでしょ。台湾って線で進めてよ」

美々子は強情だった。

食事がなかなか進まないことにもいらだっているのか、言葉尻も厳しい。

化粧の厚い白い顔をして、表情を激しく動かせないのも苦しいようだ。

「どうせみんなそこまで自分の希望に固執してるわけじゃないんだろうし」

「そんなことわからないよ」

町子は呆れた声を出した。

「わからなくてもいいからさ、台湾の線で説得しにかかってよ、他の子たちを」

美々子は勝手なことを言っている。

本当は、時子と町子が真っ先に説得しなければならないのは美々子だ。

あまり自分勝手を言わないように。

だが二人とも、面と向かってそれをやるのは難しかった。

美々子は強いし、怖いのだ。

「町子さん、台湾で仮に進めてみる?」

「時ちゃんまで」

さらに時子の中では、美々子の希望を優先してあげたい、という気持ちが強くなっている。

彼女が助けてくれたからだ。

「時子、ありがと」

個人的には、時子は別に旅の目的地がどこであってもいいのである。

皆で楽しく旅ができれば。

友人たちの中で最も生命力にあふれた美々子に皆が合わせるのも、自然界の摂理なのかもしれない。

「台湾はいいところだよ」

小さく開けた口で食事しながら、美々子はなおも言った。

何が彼女をそこまで台湾に引き付けるのか。

そのとき向かいの席で、町子が表情を微妙に変化させたのが時子には見えた。

何かを思いついたらしい。

「美々ちゃんさあ」

町子が語りかける。

「なんだよ」

「なんでそんなに台湾がいいの?」

一瞬、美々子の目が宙を泳いだ。

「今さら何言わせんの」

「なんでそんなに台湾がいいの?」

町子は同じ言葉を発した。

美々子はいらいらと、丼の上で箸を迷わせた。

「さっきから言ってるだろ。台湾はいいところなの」

町子は美々子を胡散臭そうな目で見ていた。

「何その目」

「美々ちゃん台湾行ったことないよね」

「ないよ。ないから何だっていうんだよ…」

美々子の白い顔に狼狽の色が浮かぶ。

「あなたの『台湾がいい』にはどういう根拠があるのかな」

町子は粘り気のある声で言った。

「な、喧嘩売ってんの?」

ばん、と箸を握ってテーブルの上に乱暴に置く。

遠くの席で、何人かの警官たちがこちらを見た。

時子は肝を冷やした。

おそるおそる美々子の横顔を見ると、彼女はうつむいてしまって、町子に視線を合わせていない。

町子の方は、上目遣いに探るような目つきで美々子の顔をうかがっている。

町子は変な冒険心をおこしたらしい。

この人はたまにこういう変な気をおこすのだ、と時子は胸の内を騒がせた。

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