『自室の中でも顔、顔、顔』
部屋に一人でいるのに、ごそごそ音がする。
気持ちが悪い。
何かというとごそごそ、ごそごそ…。
この部屋は前からそうだ、と今日子(きょうこ)は思った。
自分しかいないはずなのに、どこかでごそごそ音がする。
そして、わりと大きな気配を感じるのだ。
部屋のどこに気配を感じるのか、はっきりしないが、確かに何かいる。
この部屋、何かいるんだろうな…と思いながら、努めて深く追求しないようにしながら今日子は生活してきた。
だがたまの休日、部屋に一日中いると、嫌でもその気配を意識するほかなくなってくる。
ごそごそ。
手近な場所で音がした。
テーブルの上に、炊飯器が乗っている。
今朝、朝食でご飯を食べきったので、中は空のはずだ。
その炊飯器の中から、ごそごそと音がしている。
これまでだったら今日子は無視した。
だが、今回は何か妙な胸騒ぎがする。
炊飯器の中を確かめてみよう、と思った。
手を伸ばして、今日子は炊飯器のふたを開けた。
釜の中に、ぴったりと収まるように老婆の頭部が入っていた。
顔が上向きになって、のぞき込む今日子を見上げている。
にやり、と頭だけの老婆が笑った。
今日子はふたを閉めた。
悪いものを見た。
額の汗をぬぐう。
またごそごそと音がする。
違う場所からする。
では釜の中の老婆は、と思って今日子は再度炊飯器のふたを開けた。
中で老婆の顔が笑っている。
今日子はふたを閉めた。
ごそごそ、と背後で音がする。
部屋の隅に置いたくずかごが怪しい。
今日子はくずかごに歩み寄った。
円筒状のそれをつかんで、持ち上げた。
異様に重い。
くずかごを逆さまにした。
中に入った紙くずなどのごみが落ちてくるのに混じって、メロンパンぐらいの大きさの異様なものが転がり出た。
「あっ」
今日子は声をあげる。
ちょっと見は、ゆで卵のようだ。
だがそれは、つるつるに頭部の禿げ上がった人の頭部だった。
大きさはメロンパンぐらいなのだ。
目鼻がつき、口がつき、両耳がついている。
ただ髪の毛も眉毛もない。
つるりとしている。
顎の下には首がついておらず、平らになってつるつるしている。
顔立ちからは、性別すらわからない。
この卵顔が、床で紙くずのさなかに転がって、今日子の顔を見上げている。
眉毛のない顔が、にたり、と口角を上げて笑いかけた。
今日子はくずかごを元通り床に置いた。
卵顔を両手でつかみ、くずかごの底に放り落とす。
床に散らばっていた紙くず類をかき集め、くずかごの底の卵顔の上に積み上げた。
卵顔は見えなくなった。
別の場所でまたごそごそと音がした。
炊飯器ではない。
どこだろう。
ごそごそ。
どうやら、今日子の机の引き出しから音はしているらしい。
ごそごそ。
今日子は机に近づいた。
がたり、と引き出しを引き出す。
中では、事務用品をいくつか重ねて置いた上に、平べったいものが乗っていた。
せんべいのように薄く広く延びきった、人間の頭部だった。
その頭頂部から長髪が伸びて、引き出しの中そこらじゅうに渦巻いている。
眉毛は太くて濃い。
鼻の下と唇の周りに、もさもさとひげが生えている。
男だ。
見上げるせんべいのような男の視線と、今日子の視線が合った。
男は、目尻を下げる。
さらに口元を緩めた。
えびす顔で今日子に笑いかけてくる。
「あなたのことなんか知りません」
今日子は感情的になって、男の顔に叫んだ。
引き出しを、机の中に乱暴に押し戻した。
顔、顔、顔。
どこへ行っても今日子には、他人の顔がつきまとってくる。
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