『悪役レスラーは笑う 「卑劣なジャップ」グレート東郷』森達也

私は、外国で生きた日系人たちの話に関心があります。

ですが、この本で取り上げられた彼はかなり異色でした。

悪役レスラーは笑う―「卑劣なジャップ」グレート東郷 (岩波新書 新赤版 (982))

森達也氏のルポルタージュ、『悪役レスラーは笑う 「卑劣なジャップ」グレート東郷』です。

  

戦後すぐのアメリカで「卑劣なジャップ」と呼ばれた男、グレート東郷ことジョージ・カズオ・オカムラ

彼は悪役レスラーです。

リングの上で、オリエンタル趣味の不思議な儀式を行う。

慇懃無礼な態度を取りながら、卑劣な反則技を多用する。

対戦相手である善玉の白人レスラーをさんざん弄んで苦しめた挙句、最後には対戦相手にこてんぱんにやられるという試合展開。

この悪役ぶりで、いまだ真珠湾攻撃の生々しい記憶を持っているアメリカの観客たちの、憎悪を買います。

「卑劣なジャップ」の象徴であるグレート東郷

アメリカ人は彼の敗北を渇望します。

つまり、それは悪役レスラーとしての彼の成功につながったのですね。

彼はアメリカで巨万の富を築きました。

また彼は日本のプロレスの立役者である力道山と友好関係を持ち、日本のプロレスにも関わっています。

ところが日本のプロレス関係者の間で、グレート東郷の評判はかんばしいものではありませんでした。

悪役レスラーであるばかりか、リングを降りても「守銭奴で、嫌な奴」だったというのです。

 

盟友である力道山の死後はひっそりと姿を潜め、やがてアメリカで人知れず亡くなったグレート東郷

熱烈なプロレスファンでもある著者が、このグレート東郷の正体について本書で追っています。

著者がグレート東郷の正体を追う過程で関係者たちから明らかになる戦後プロレス史の裏側に、興味津々でした。

グレート東郷の素性には謎が多く、また彼には虚言癖があったのか、自分自身について矛盾する内容のことを異なる相手に語っているのです。

調べても調べても正体のわからない、得体の知れない人物。

しかし、どこか魅力的なのですね。

悪役レスラーとして一世を風靡しながら、自分の存在をあやふやにして、確たる痕跡を残さずに去ったグレート東郷

かろうじて後に残るのは、彼と関わった人たちから出る、個人的な主観による矛盾した人物評だけです。

歴史の中での個々人の存在というのは、いったい何なのか。

そんなことを考えさせてくれる一冊でした。

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悪役レスラーは笑う―「卑劣なジャップ」グレート東郷 (岩波新書 新赤版 (982))

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