『揚げパンの好きな魔女』
山間にある街の近くに崖があって、崖下に深い森が広がっています。
森の奥には小屋が建っています。
魔女の小屋です。
魔女は森に生える薬草、きのこ、粘菌の類から薬をつくり、生計を立てています。
そんな彼女ですが、好きな食べ物は揚げパンです。
それなので魔女は時々、揚げパンを揚げます。
彼女が揚げパンを揚げているときには、小屋の周囲には油のいい香りが漂っています。
魔女は揚げパンがとても好きなのです。
週に一度の揚げパンを揚げる日が楽しみで、毎日を生きているようなものです。
ある日、森で道に迷った子供が一人、魔女の小屋にたどり着きました。
その男の子は疲れてしまって、おなかもすいています。
揚げパンの残りがひとつあったので、魔女は子供にそれを振る舞いました。
自分の大好物ですから、その子も喜ぶと思ったのです。
けれども子供はさほど美味しくもなさそうな顔で食べるのでした。
揚げパンは嫌い?と魔女は尋ねます。
嫌いではないけれども好きでもない、でもお腹がすいているからいただきます、と男の子は答えました。
森から子供を家まで送り届けた後、魔女は自分の小屋の台所で、椅子に座って考えています。
彼女は揚げパンがとても好きです。
自分の揚げパンが好きな気持ちを仮に数で表せば、100ぐらいにはなります。
それに比べて、揚げパンを食べさせたあの迷子ときたら。
彼の揚げパンが好きな気持ちを数字にしても、多く見積もって30ぐらいだったでしょう。
魔女が揚げパンを食べて100の満足を得られるなら、男の子が得られた満足はたった30です。
おなかがすいた子の30の満足のために、魔女の100の満足が犠牲になったのです。
どう考えても割にあいません。
こんなことが起こるのはうちに揚げパンしか振る舞えるものがなかったからだわ、と魔女は思います。
どうすればよかったのでしょう。
揚げパンとは別に、魔女がさして好きでもないけれども、おなかのすいた人のためにはなるパンがあればよかったのです。
次からは別のパンもつくっておこう、と魔女は思いました。
そろそろ次の迷子が来そうな予感がしたので、魔女は揚げパンとは別に、石ころパンをつくっておきます。
これは表面を固く焼き上げたパンで、くるみとぶどうの実が入っており、食べ応えがあります。
魔女はこのパンがあまり好きではないので、このパンを食べて得られる満足度は数字にして20ばかりに過ぎません。
しかしおなかをすかせた迷子にはちょうどいいはずです。
森できのこ取りの最中に道に迷った女の子が、魔女の家にやって来ました。
この子は疲れてしまって、おなかもすいています。
魔女は彼女をテーブルの前に座らせます。
テーブルのうえに、迷子のための石ころパンをひとつ、自分のための揚げパンをひとつ置きました。
揚げパンを見て、女の子は目の色を変えました。
揚げパン大好き、いただきます。
女の子は揚げパンに飛びつき、食べ始めてしまいました。
仕方がないので、魔女は自分にとって満足度20ばかりの石ころパンを口にします。
栄養はたっぷりですが、こんなパンは固くて嫌いです。
女の子には揚げパンで喜んでもらえてよかったのですが、またしても魔女は我慢することになってしまいました。
迷子を家まで送り届けた後、魔女はまた台所で物思いに耽っています。
前回の失敗から学んで、揚げパン以外の選択を用意しました。
でも、今度の迷子は揚げパンが好きな子だったのです。
彼女にとって、揚げパンで得られる満足度は100とまではいかなくても、80くらいには至っていたのでしょう。
魔女は考えました。
迷子が80以上の満足を得られる、揚げパンよりも魅力的なパンを用意しておけばよかったのです。
揚げパンが大好物である魔女には想像が難しいですが、そういうパンを次の迷子のためには用意しておかなければなりません。
またそろそろ迷子が来る予感がしたので、魔女は揚げパンと石ころパンと、あと別にきのこグラタンパンをつくりました。
きのこグラタンパンとは、中にきのこのグラタンが入ったさくさく生地のパンで、これはとても美味しいのです。
魔女は揚げパンの方が好きですが、おなかのすいた迷子ならきっとこのきのこグラタンパンの方に飛びつくでしょう。
迷子が得られる満足、数字にして120は確実です。
魔女が心の準備を済ませて待ち構えているところに、迷子がやって来ました。
しかし、魔女は今度は、複雑な気持ちになってしまいました。
迷子は迷子でも可愛い子供ではなく、魔女と顔見知りの、狩人のおじさんです。
ごつごつした体の大男で、むさ苦しい髭面をこちらに見せつけて機嫌よく笑っています。
巨大な迷子です。
彼が日頃、森から狼を追い払ってくれるのは嬉しいのですが、道に迷ったと言い張っては魔女の顔を見に来るのです。
たまに来る迷子は歓迎しても、こんなおじさんには放っておいて欲しいのが魔女の本音です。
ですが相手が迷子の体裁を取っている以上、振る舞いをしないわけにはいきません。
魔女は狩人をテーブルの前に座らせます。
狩人のための石ころパンときのこグラタンパン、それから自分のための揚げパンをそれぞれひとつずつ、テーブルの上に置きました。
あんたがつくるものは薬でもパンでもなんでも旨い、あんたがつくったパンを食えるなんてなんて俺は幸せなのだろう。
そう言いながら、狩人はテーブルの上のパンを全部たいらげてしまいました。
どれを食べても満足そうな顔でした。
何かと話題をつくって長居しようとする狩人のおじさんを無理やり家まで送り届けた後、魔女はまた台所で考えています。
またしても揚げパンを食べ損ねました。
どうすればよかったのでしょう。
魔女はいいことを思いつきました。
他人の満足を推し量るのは、難しいことです。
ですから、どんなパンをつくれば迷子が満足するか迷ったりせず、自分が好きな揚げパンだけたくさん揚げていればよかったのです。
そうすれば間違いがありません。
数多く揚げておけば、自分が食べ損ねずに済みます。
これからは自分の大好きな揚げパンだけでパンの道を貫こう、と魔女は思ったのでした。
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