『鳩の受難』
ぽりぽりぽりぽり、食べこぼしを散らしながらスナック菓子を食べている。
私のことではない。
小さな子供がバス停のベンチに座って、お菓子を食べている。
散った食べこぼしはその子供の足元に落ちている。
小さいので、地面につかない短い両足を、その子はベンチから垂らしてぶらつかせている。
彼女の足の下に、鳩が三匹。 集まって子供の落とすスナック菓子片をついばんでいる。
私はその状況を、車道を挟んだ向かいの、反対側のバス停から見ている。
私もベンチに座っている。
あの小さな子供が乗るバスとは反対方向に、私はバスで向かうわけなのだ。
子供は5歳ぐらい、黄色いワンピースを着て、髪をお下げにしている。
小さな子供が一人でバスを待っているというのも妙な話である。
どこか近くに親がいるのかもしれない。
しかし、見渡してもそれらしい人はいない。
いるのは子供と、道路向かいにいる私だけだ。
向かいのバス停を見たまま、私はそれとなく子供を監視していた。
子供も、スナック菓子をぽりぽり食べながら、私の方を見ている。
車道を時おり車が横切るが、その数は少ない。
車が通らない間、子供のたてるぽりぽりという咀嚼音がここまで聞こえてくる。
ぽりぽりぽり。
大きな音だった。
小さな子供がたてるにしては大きい。
私たち二人の間には2車線の道路が挟まっている。
なんであんな大きな音がするのだろう。
子供の足元では、鳩三匹が暴れ狂っている。
二匹の鳩が、一番体格の大きな一匹を挟み撃ちにして、その体をつついていた。
挟まれた鳩はもがくが、小さい二匹の攻撃があまりに苛烈で、分が悪い。
つつかれる度に羽毛が散った。
ベンチの下で、大立ち回りなのだ。
その上に座っている子供は、無反応でスナック菓子を食べ続けている。
小さな子供はそういうものなのだろうか、と私は戸惑う。
子供は私の方を見たまま咀嚼している。
ぽりぽりぽり。 大きな音。
ベンチ下でなぶられていた大きな鳩が、派手に動いた。
羽をばたつかせて、子供の足の下をくぐってベンチの前側から逃げようとする。
子供がふいに片方の足を伸ばして、前から後ろに向けて振りきった。
外に出ようとする鳩の頭部を足の後ろ側で蹴った。
ズックのかかとが鳩のくちばしを打ったらしい。
衝撃で鳩は後ろに跳ね飛ばされる。
再び、二匹の同類に挟まれて、つつかれ始めた。
私は一連の流れを見ている。
子供が鳩を蹴った瞬間、彼女は依然菓子の咀嚼を続けていて、私の顔を見たままだった。
わざとやったのかどうかわからない。
また、わざとやろうとしてできることなのかどうか。
いずれにしても、彼女の態度に、初めて私は尋常でないものを感じた。
ぽりぽりぽり。
私の顔を見ながらの咀嚼。
ぼんやりしていた。
反対の車線に、路線バスが走ってくる。
ブレーキを利かせて、子供が待つバス停に停車した。
バスの車体が目の前をふさぎ私と子供とを隔てる。
バスが走り去った後に、子供の姿はなかった。
私はベンチ下を見た。
三匹いた鳩が、一匹だけになっている。
先ほどつつきまわされていた大きな一匹だけが、残って地面にうずくまっているのが見えた。
【NPF】エクセル 鳩の食事 600g(05P27May16) 価格:260円 |