天理教、彩華ラーメン、石上神宮。天理市の旅
しばらく前になるのですけれど、奈良県は天理市に旅してきました。
以前より行きたいと思っていたわけです。
奈良県内で、吉野と並んで私の旅先の候補地だったのですね。
江戸時代後期に勃興した新宗教のひとつ、天理教(てんりきょう)の本部があることで著名な天理市。
その宗教都市としての雰囲気を味わってみたかったのです。
そしてまた天理市は「天理ラーメン」と称されるご当地ラーメンの発祥地でもあるのですね。
当然私は、その天理ラーメンも視野に入れています。
大阪から近畿日本鉄道の各線を乗り継いで、近鉄天理線の終点が、天理駅です。
ただ代表的な天理ラーメンのお店である「彩華ラーメン」の本店が、天理駅から一つ手前の前栽(せんざい)駅の近くにあるのですね。
まず彩華ラーメンをお昼にいただくために、私も前栽駅で降りることにしました。
前栽駅で降りました。
降りてきて外に出たら、なんとも可愛らしい駅舎でした。
駅前はのどかな気配。
いつもの私の旅のごとく、出発が遅いので、もうお昼です。
お腹が空いています。
川沿いの道を南下していきますぞ。
国道25線に出くわしたら、今度はその道路沿いに大阪方面、西へ行きましょうぞ。
以前に旅したことのある大和郡山市へも、この道沿いに行けるようですな。
ただ11キロはちょっと歩く気がしません!
とうとう彩華ラーメンの看板を見つけました。
しかし「メン」の文字を前栽が隠してしまっている…。
前栽駅が最寄りだったのは、この前栽の繁茂現象を暗示していたのですね。
…などと馬鹿なことを考えながら、敷地内へ。
敷地内、駐車スペースはすでに車でいっぱいです。
やはり人気店なのですね。
もともと屋台のお店から始まった彩華ラーメン。
現在でも、この本店から離れた場所にあるスーパーの駐車場で、屋台形式の店舗が営業されています。
常設店舗としては、今私の目の前にあるこのお店が本店になるのですね。
ははあ。
昭和43年創業ですか。
昭和グルメって食欲をそそります。
店内で10分ほど待った後、カウンタ席に通されました。
私は「サイカラーメン小(一玉)」と「月見チャーシュー丼」を注文しましたよ。
サイカラーメン小は税込み699円、月見チャーシュー丼は税込み411円でした。
まず、月見チャーシュー丼。
柔らか甘口のチャーシュー、温泉玉子、ネギ、海苔がだしの染みたご飯に乗っています。
ボリュームのあるサイドメニューです。
そして一緒につけてくれた中華スープ。
これはラー油の風味が利いたちゃんと美味しい中華スープで、サイカラーメンのスープとは違う味でした。
そして、サイカラーメン。
白菜たっぷり、塩気の強い辛口スープです。
小って言ってますが、結構量がありました。
小でこれだったら、大はどんな量になるのか…。
大阪で食べたことのある同じ系統の「どうとんぼり神座」のラーメンと見た目は似ていますが、サイカラーメンの方がかなり味が強烈です。
塩気もきつい。
ただ同時に白菜、ニンニク、ニラ、唐辛子から成る野菜のだしが利いて、飲みやすく美味しいスープでもありました。
麺はこしの強い独特のもの。
天理ラーメンの源流の味を噛み締めるように、じっくりいただきました。
食事を済ませて、満足して出てきました。
お店の裏手にはのどかな風景がありました。
敷地を出る際に駐車スペースに停まっている車のナンバープレートをそれとなく見て行ったのですが、この奈良のラーメン店に日本各地の車が集まっていました。
こののどかな土地に、日本中から皆がラーメンを食べにやって来る。
なんだか面白いですね。
大阪からやって来た私は、この道を東に行きます。
しばらく歩いて、市街地に入ってきました。
天理市の市街地には、こうした独特の建物が密集しています。
詰所と言って、日本各地から天理教本部に来る信者の方たちが滞在する宿舎のようですね。
写真の建物に「伊那」という看板がついているのは、おそらく長野県の伊那市にある支部の方が滞在する詰所なのでしょうか?
道沿いにあったこの看板も、おそらく各詰所の所在を示したものでしょう。
どれも味わいのある名称ですね。
天理駅の界隈まで来ました。
近鉄とJRの線路が交わる、大きな駅です。
乗降客の行き来も激しいです。
駅前のスペースは開発、整備されて、古墳を模した遊技場にコンサート会場などもあって。
にぎやかでありました。
なんだか東京かどこかの、お洒落な都会の駅前みたいです。
目の前の天理本通商店街をずっと行けば、天理教本部にたどり着くとのことです。
「天理教」と白地で染め抜かれた黒い法被を着た老若男女が、大勢行き交っていました。
信者の方々なのですね。
休日にも信者の誇りを持って活動している…ということなのかもしれません。
天理教では、信者が休日に施設の修繕、掃除等の奉仕活動を行うということを聞いたことがあります。
ともあれ、活気のある商店街でした。
天理教関連の神具、書籍等を扱う商店も多いです。
本通商店街を抜けて、天理教本部へ。
神社の大鳥居を模したような形の門に「天理教教会本部」と表札があります。
奥の敷地内には規模の大きな、もっと率直に言うと巨大な本殿が見えます。
私がこれまでに参拝してきた神社、お寺の本殿、本堂と比べても桁違いの規模です。
私もこの本殿内に登って参拝いたしました。
立派な建物で、よくもこれだけのものを建てたな、と感心しました。
お参りを済ませて、本殿から出て参りました。
柔道など、各種体育会系の部活動で著名な私立大学です。
この大学キャンパスの中に「天理参考館」なる博物館があると聞いて、私も見学しようと思ったのですよ。
川の向こうにその天理参考館が見えますな。
古代中国の墳墓から発掘された副葬品を展示する企画展が開催されていました。
日本の古墳、外国の古代墳墓等に関心の強い私が来ています。
非常に好奇心をあおられます。
入っちゃいましょう。
内部の自販機で入館料400円払ってチケットを買い、見学できます。
常設展では世界各地の民族についての各種資料が展示されて、かなりの充実ぶりでした。
天理教は世界中で布教を行っているので、その関係もあって世界の民族について研究する必要があったようです。
大阪の「みんぱく」を思わせる豊富な所蔵資料。
戦前にハワイ、南北アメリカ等の外国に渡って布教した天理教宣教師の苦難を示す展示もありました。
各国の日系人社会に付随して、日本の信仰も世界に根を下ろしていたのですね。
外国に生きる日系人の信仰について疎い私がついぞ想像したことのない、そんな宣教史秘話が示されていました。
常設展も企画展も共に見所の多い展示で、すっかり外国の民族文化に魅了されて天理参考館から出て参りました。
天理の地にいながら、世界を巡ったような気持ちです。
これで天理教関連の諸々は大方見たことになるのですが、もう一箇所、近隣で行きたい場所がありました。
石上神宮です。
かつての官幣大社であります。
お参りお参り。
天理教が出現するよりも、もっと遥か昔からこの地に根ざしている、石上神宮。
もともと古代に物部氏が信仰していた神社で、祭神は「布都御魂(フツノミタマ)」という刀を司る神様です。
「七支刀」という、不思議な形の古代刀が伝わっていることで有名な神社でもあります。
境内では鶏が飼われていました。
鶏って縁起がいいんだそうです。
鎌倉時代につくられた楼門も立派です。
内部の拝殿と本殿は、意外にもこじんまりとした具合でした。
しかし国宝である七支刀のほかにも、数々の古代からの品々を伝える、由緒ある神社であります。
天理教関連施設に占められた天理市中心部ですが、かつてはもっと違った信仰に根ざす風景を見せていたのかもしれない…。
ふとそんな気にさせる、石上神宮のひっそりと慎ましい、たたずまいでした。
石上神宮の境内に、大和盆地の交通を支えた古道「山の辺の道」が今も通っています。
価格:218円 |