『チャジャン麺をたいらげる大食いの子供』

近所に大食いの子供が住んでいるらしいと聞いて、パク・ジョンスは見に行くことにした。 

なんでもその子供は、テレビ番組で紹介されたのだそうだ。 

子供は、カメラの前でチャジャン麺を大人三人分たいらげたという話だ。 

ジョンスはいわゆる「びっくり人間」たちに憧れているので、そういう子供が近所にいるなら会ってみたいと思った。 

 

本当ならアポを取って訪ねるのがいいのだが、その子供の連絡先を知らない。 

だがだいたいの住所は友人から聞いたので、なんとなく行ってみようと思った。 

ジョンスが住んでいる考試院の建物を出て、目の前の坂道を登っていくと、坂を登りきる寸前に一軒屋がある。 

その家の近くには駄菓子屋があるからその店で詳しい場所を聞け、とテレビを見ていた友人がジョンスに言った。 

ジョンスは坂を登っていく。 

古くからの伝統家屋が斜面の上に立ち並ぶ住宅地だった。 

ジョンス自身は集合住宅育ちなので、そうした一軒屋に住むのがどんな感覚なのかわからない。 

母屋があって離れがあって、手洗いと風呂が別棟にある家などは不便だろうと思う。 

だがそういう家屋で、二世帯三世帯の家族住まいというのも温かみがあっていいのかもしれない。 

両親との三人暮らしで育ったジョンスからすれば、優しい祖父母との同居は好ましく思える。 

もっとも、普段別居しているからこそ彼らも孫に優しく接していられるのかもしれないが。 

 

考えごとをしながら登っていると、目の前で道がカーブしている。 

カーブの先に、商店が見えた。 

駄菓子屋だ。

 入口を開けっ放しにした、小さな店舗だ。 

店の前の平地になっているところに、プラスチック製のテーブルと小さな腰かけ椅子がいくつか置いてある。 

またテーブルとは別に、店の前には小型の屋台もあって、その中にはジョン(天ぷら)を揚げる鉄板が設置してある。 

屋台に人の姿はない。 

テーブルの周囲には子供が三人、腰かけ椅子に座って、棒付きの飴をぺろぺろと舐めている。 

ジョンスは店に近づいた。 

屋台から油の香りがする。 

入口の前で立ちすくんだ。 

この年になって駄菓子店に入るのも気兼ねだ、などと思いつめてなかなか店内に入れない。 

店の外から薄暗く狭い店内をのぞき込んだ。 

彼の様子を、横のテーブル周りから子供たちが見ている。 

「こんにちは」 

ジョンスはおそるおそる店内の暗がりに声をかけた。 

返事はない。 

「おばちゃんはいないよ」 

横から子供の一人が言った。 

「どこに行ったの?」 

イ・ジフンのところに、ジョンを届けに行ったよ」 

イ・ジフンというのはまさに、ジョンスが探している子供の名前なのだ。 

「そうか」 

「うん」 

「実は、お兄ちゃんもそのイ・ジフンのところに行きたいんだ」 

「ふうん」 

子供たちは無関心な顔でジョンスを見ている。 

男の子が一人、女の子が二人。 

肩を並べて、揃ってジョンスの顔を見つめながら、飴をぺろぺろと舐めている。 

彼らと顔を合わせていて、ジョンスもなんだか飴が舐めたくなってきた。 

「ところで、君たちが舐めているその飴、いくらだった?」 

「300ウォン」 

「どこにある?」 

「お店の中、左側の台の上」 

子供たちに聞いて、ジョンスは店舗内に足を踏み入れた。 

平台と壁に設けられた棚に、ところ狭しと駄菓子類が並べられている。 

古くさいレジ機が置かれたカウンターの向こうに段差があり、その店舗の奥は住居になっているようだ。 

居間と家具類が見えた。 

ジョンスは棒付きの飴を探した。 

左側の台の上。

 あった。 

ビニールに飴部分を包まれて、色鮮やかな棒付き飴が並んでいる。 

ジョンスは赤色を選んで取った。 

彼はイチゴ味が好きなのだ。 

300ウォンを、小銭入れから取り出してカウンタ上に置く。 

店の外に出てきた。

ビニールを剥いて、飴を口の中に含む。 

懐かしい、薬品じみたイチゴ味が舌の上に染み渡った。 

子供たちはジョンスを見ている。 

イ・ジフンの家はどっち?」

 「道なりに登って行って、道の左側よ。屋根瓦の赤い家だよ」 

女の子の一人が達者な口調で説明する。 

「そうか、ありがとう」 

ぺろぺろぺろ。 

ジョンスと子供たちで、同じ飴を舐めながら顔を突き合わせている。 

なんだか気恥ずかしくなったので、ジョンスは子供たちに別れを告げて、目的の家に向かうことにした。 

 

赤い瓦屋根の家はすぐ見つかった。 

駄菓子店があるカーブをさらに進んで、勾配を少し登った途中にイ・ジフンの家はあったのだ。 

門の脇に、表札がかかっている。 

イ、という苗字だった。 

門の内側は中庭なのか、そこで何人かが談笑する声が聞こえてくる。 

イ・ジフンと彼の家族、そして駄菓子屋のおばさんに違いない。 

「こんにちは」 

飴を口から出して左手に持ち、右手で扉を叩いた。 

二、三度繰り返した。 

「はいよ、はいよ」 

女性の声だ。 

門の内側で、こちらに駆け寄る気配。 

「どちらさん?」 

「あの、イ・ジフン君をテレビで見たんです。それで、私は近所に住んでいるもんですから、お会いしたいと思いまして」 

「ああ、あんたもかい」 

錠を外す音。 

扉が開いた。 

向こう側に、中年の女性が立って笑っていた。 

「でも私も客だよ。駄菓子屋のおばちゃんだから」 

人懐っこい笑顔の女性だ。

 「そうでしたか。さっき、お店によって、飴をもらいました。お代を、テーブルの上に置きましたよ」 

「そうか。留守にしてて悪かったね。でもそれだったら、ついでにジョンのおかわりを持ってきてもらったらよかった」 

ジョンスは首をかしげた。 

何気なく、門の内側を見た。 

小さな男の子がいる。 

彼がイ・ジフンなのだろう。 

芝生に敷かれたシートの上にあぐらをかいて、食事をしている。 

彼の目の前には、たくさんの食べ物が並んでいた。 

ジョンスは息を飲んだ。 

「中に入ってあの子が食べるところを見なさいよ」 

駄菓子店の女性はジョンスを中に招き入れた。 

ジフンのそばに彼の母親が立っていたので、ジョンスは挨拶と共に訪ねた趣旨を説明した。 

ジフンは特に彼の年齢にして体が大きいわけでもなく、とりたてて変わったところのない、おとなしそうな子供だ。 

小さな目を丸くして、突然来訪したジョンスを見上げている。 

だが落ち着いてくると、彼は食事を再開した。 

旺盛な食欲を露わにする。 

彼の前には、黒いソースのチャジャン麺が盛られた皿が三つ、並んでいた。 

大人が食べる大きさの皿だ。 

ジフンは手に箸を持って、危うげなく麺とソースを混ぜにかかる。 

十分混ざりきったところで、麺を箸でつかんでぱくぱくと食べた。 

速い。 

所作も速ければ、咀嚼も、飲み込むまでも速い。 

瞬く間に、一皿が空になった。 

二皿目にかかる。 

勢いを落とさず、大人二人分のチャジャン麺を食べた。 

ジフンの食べっぷりを見ていて、ジョンスは自分もチャジャン麺が食べたくなる。 

ジフンは休まない。 

間もなく、三皿のチャジャン麺がジフンの胃に収まった。 

ジフンはにこにこして、さらにシートの上のジョンの皿に向かった。 

駄菓子店の女性が持ってきたものだろう。

ねぎのジョン、キムチのジョン、じゃがいものジョン。 

チャジャン麺三人分の後にも関わらず、それらを瞬く間にたいらげてしまった。 

そこでようやく、満足そうな顔をしている。 

まさに子供の「びっくり人間」である。 

「小さいのに、毎日こんなに食べるのですか。食費が大変ですね」 

ジョンスの素直な感想に、ジフンの母親はため息をつく。 

「そうですよ。子供に食べ物の不自由はさせたくないのですが、大変です。テレビを見た人たちが、食べ物を送ってくれるのがありがたいです」

そうだろうなあ、とジョンスはジフンの両親に同情した。 

手土産を持ってこなかったのはうかつだった。

近所のよしみもあるし、今度は何か美味しいものを土産にしてまた訪ねよう、とジョンスは思った。 

 

帰り道、ジョンスは途中で中華料理店に寄って、自分もチャジャン麺を注文して食べた。 

毎日食べることはないが、たまに食べたくなるのだ。

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