『手間のかかる長旅(104) 六人は如意輪寺口で降りた』
路線バスは山道に入った。
時子(ときこ)は先日アリスと来て知っている。
間もなく、山中のバス停に着くのだ。
「間もなく如意輪寺口。間もなく如意輪寺口です。お降りのお客様は降車ボタンを押してください」
アナウンス声にうながされて、時子は降車ボタンを押そうと思った。
通路を挟んだ席のアリスが、こちらを見ている。
時子は窓枠についた降車ボタンまで人差し指を伸ばした。
「あっ」
時子の指先が触れる前に、降車ボタンは点灯している。
呼び鈴を思わせる電子音が鳴り響いた。
誰かに先に押された、と時子は思った。
アリスはボタンを押さずにこちらを見ていたから、彼女ではない。
他の仲間たちはこの如意輪寺口で降りるかどうか確証がないはずだから、時子に先んじてボタンを押すとは考えられない。
彼女たちの前方に座っている、他の参拝客の誰かが押したのだ。
週末の午前中、如意輪寺に参拝する中高年の女性ばかりが多く乗っている。
中には法事等で馴染みの人もいるのだろう。
そんな人たちは、バスの乗り降りも手馴れている。
私が押したかったのに、と時子は思った。
人に先んじて降車ボタンを押し、自分は如意輪寺に行ったことがあるからここで降りることを知っている、という優越感を味わいたかった。
時子の顔に、失望の色が明らかだったらしい。
こちらを見るアリスが、苦笑いしていた。
降りる乗客の最後に時子たち一行は付いて降りた。
料金箱に料金を落としながらそれぞれ礼を言って降りる彼女たちに、女性運転手は丁寧に応じている。
東優児(ひがしゆうじ)の女性的な響きの男声にも、ヨンミの外国の言葉にも、女性運転手はそつなく挨拶を返して動じなかった。
全ての乗客を降ろして、バスは山道の向こうに走り去った。
バス停の標識が立つ山道の脇に、一行は集まっている。
彼女たちを置いて、他の参拝客たちは次々と如意輪寺へ山道を歩き始めていた。
「なんかこういう山の空気吸うの、いつ以来だろうか」
美々子(みみこ)は言葉を漏らした。
バスに乗っていたときより表情がすがすがしい。
ヨンミと優児の腕を両脇に取って、二人の間に挟まっている。
「綺麗な空気ね。こんなところが近くにあったのね」
優児は静かに応じた。
「ねー、いごすんちょあよ」
ヨンミも機嫌よく応じた。
「あなたたち仲いいね」
三人を指して町子(まちこ)はそう評した。
町子は落ち着いている、と時子は思う。
初めての場所に来るとき、自分の場合はもっと心が乱れている。
先日、夕暮れ時のこの場所に、アリスと二人で来たときの気持ちを思い出した。
少し離れたところに立って、アリスはこちらに横顔を見せている。
彼女は山道の先の、如意輪寺のことを考えているのに違いない。