『手間のかかる長旅(048) 勘に優れる友人の所見』
アリスは目を細めてカウンターの方に視線を送っている。
「怪しいと思ったが幽霊なら仕方ないにゃ」
口元でつぶやいた。
彼女がこの店を嫌ったらどうしよう、と時子(ときこ)は心配になる。
この店を知ってからまだ四日目だが、時子は居心地がいいのだ。
友人たち皆がこの店を気に入るよう、仕向ければならない。
「怪しいってどういう怪しさよ?」
時子の危惧にも関わらず、アリスの横に座る町子(まちこ)が話を掘り下げようとしている。
町子もこの店を気に入っている様子はあるものの、彼女は時子ほど用心深くはない。
町子に尋ねられ、アリスは宙に視線をさ迷わせた。
説明するのに適切な答えを探しているのだろうか。
「あの男は、見た目と気配が一致しない感じする」
アリスは拙い口ぶりで答えた。
「え、何それ。中身は違うの?」
町子は面白そうに、笑顔でアリスの言葉に食いついた。
アリスは渋い顔で町子を見返している。
「詳しいことはわからないにゃ。第六感が違和感を告げるだけ」
「第六感とかあったの、アリス」
「あるにゃ。でも弱々しい。幽霊と聞いて納得したにゃ」
二人で顔を見合わせて、うなずきあっている。
先に件の男性を幽霊と断じた町子は、アリスの反応にしたり顔だ。
だが時子は何か気味が悪くなってきた。
お気に入りの店なのに、あの男性をそんな得体の知れない存在だと認めたくなかった。
「二人とも、失礼なことを言うのは止めて」
二人をにらみつけた。
「霊感なんてうそっぱちよ」
川沿いの土手で自分自身が奇妙な目に遭ったことは棚に上げて、時子は言い切った。
この店は、安心できる場所であって欲しいのだ。
「気持ちはわかるにゃ」
アリスは時子の言葉にうなずいた。
町子が吹き出している。
「ちょっとアリス。気持ちだけわかってもしょうがないんじゃない?」
「だって。私に第六感はある。幽霊もいる。でも霊感が嘘なら嘘の方が幸せだもん」
「いや、時ちゃんはそんな深い意味で言ったんじゃないよ」
「なんだそうなの」
二人して時子に笑顔を向けている。
時子は複雑な気持ちになる。
男性が幽霊がどうかなんて、明らかにしたくなかった。
その手の話題は避けたい。
ただ一方で、初めて店に連れて来たアリスが機嫌よくしてくれているのを見るのは悪くない。
彼女には彼女なりの価値観があるので、幽霊がいる店とわかっても即座に嫌いになったりはしないかもしれない。
そうだといいのだが。
「ご注文お決まりですか?」
考えていた時子の脇に、女性従業員が立っていた。
三人に水の入ったコップを配りながら尋ねている。
まだ注文していなかった。
今日の時子は、モンブランを食べると決めている。
ホットコーヒーとモンブランを注文した。
町子はホットコーヒーと苺のショートケーキ、アリスはハンバーグランチを注文した。
「ごめんなさいお昼食べ忘れてたにゃ。食べさせてね」
アリスは二人に断った。
ハンバーグがメニューにあるなんて時子は気付かなかった。
テーブル備え付けのメニュー表には以前に目を通している。
これまで見落としていたのかもしれない。
三人から注文を受けて、従業員は去った。
彼女の背中に、アリスは目を細めて視線を送っている。
「そう言えばあの女も怪しいと思ってたにゃ。この期に及んでも怪しい」
コップを口にしながら、町子はアリスを横目で見た。
「どう怪しいの?」
「今、瞬間移動したよ」
薄々思っていたことをはっきり言われたので、時子も町子も思わずアリスを真顔で見てしまった。
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