『手間のかかる長旅(079) アリスを落ち着かせる』
アリスは、時子(ときこ)に抱きついたまま、彼女を放そうとしない。
仕方がないので、時子は自分より大柄なアリスの腰を、抱えた。
そうして元の公園まで、彼女を引きずるようにして一緒に歩いた。
道を行く通行人たちの視線が気になる。
公園に戻った。
ベンチに座った町子(まちこ)が、時子とアリスが来るのを見守っている。
「時ちゃんも、何も走って逃げることはないのに」
近くに来た時子の顔を見て、苦言めいたことを言った。
時子は、反論ができない。
泣きじゃくっているアリスの体を、町子の隣に座らせた。
自分も、アリスの隣に座った。
時子と町子とでアリスを挟んだ。
「ひどいよお」
うわごとのように口走りながら、アリスはいよいよ激しく泣いている。
鼻水まで出して、時々しゃくりあげている。
彼女はどうしてしまったのだろう、と時子は不安になった。
皆の集まりに一人だけ呼ばれなかったことが、そんなに辛かったのだろうか。
「タイミングが悪かったみたい」
アリスの泣き顔を横からうかがっている時子に、町子は声をかけた。
何か事情を知っているらしい口ぶりだった。
「どういうこと?」
「アリスも、昨日ちょっと、いろいろあったみたいで」
やっぱり、と時子は思った。
一昨日の昼に三人であったときには、アリスはいつもとごく変わりがなかった。
時子たちよりも落ち着いた、大人の女性だった。
昨日、皆がヨンミのことで手一杯になっている間に、アリスの身に何かあったのだ。
「今は、そっとしておいてあげた方がいいみたい」
続けて町子は言った。
アリスは、両手で顔を覆っている。
町子の言葉を否定しない。
時子も、アリスのことを詮索する気分ではなかった。
しばらく、泣き続けるアリスを間に挟んで、時子と町子は所在無く座っていた。
小一時間もそうしていた。
「ありがとう、落ち着いたにゃ」
まだ目尻に涙を浮かべながら、アリスはようやく言った。
ハンカチで、顔を拭った。
化粧がよりいっそう乱れて、酷い顔だった。
思わず時子は顔をしかめた。
町子の方は、表情を崩さない。
町子は、人間が一枚上手だ。
「大丈夫?」
慌てて表情を取り繕いながら、時子はことさらアリスを気遣う素振りを見せた。
「しばらくは大丈夫」
うなずくアリス。
しばらくと言う以上、後ほどまた取り乱すのかもしれない。
緊張感を緩めることはできない、と時子は思った。
彼女を刺激するような言動は、控えなければ。
「ちょっと手前勝手に思い詰めただけにゃ」
自分に言い聞かせるように、アリスは言った。
昨日、皆で集まる予定だったのに、アリス以外の仲間だけで集まっている。
住居を追い出されたヨンミの件で、皆、いっぱいいっぱいだったのだ。
それを、アリスは誤解したのに違いない。
「ごめんね、昨日呼ばなくて。わざとじゃないの」
時子は、弁解した。
アリスはうつむく。
「誤解だったのはわかってる」
うつむきながら、つぶやいた。
彼女の小さな声を聞いて、時子は、胸が締め付けられるような気持ちになった。
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