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『瞬殺猿姫(18) 三郎は、猿姫を城主に会わせたくない』

猿姫(さるひめ)に深呼吸をうながし、落ち着かせたところで。

織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)は、ようやく彼女を放した。

「お座りくだされ、猿姫殿」

蜂須賀阿波守(はちすかあわのかみ)が寝そべっている傍らを、手で示した。

「嫌だ」

猿姫はかぶりを振って、抵抗する。

「そんなことをおっしゃらずに。拙者も座ります故」

猿姫の脇を通り抜け、三郎は自分が先に阿波守の斜め前に座った。

そして、自分が座った場所の隣を手で叩いてみせた。

「ほら、猿姫殿、こちらに」

「嫌だ」

猿姫はなおも抵抗した。

「私はここに立っている」

棒を片手に持ったまま、腕組みしている。

不愉快そうに、三郎と阿波守の方を見下ろしている。

彼女の方を振り返りながら、三郎は眉間に皺を寄せた。

「話が進まぬ。猿姫殿、お願いでござる。大事な話があります」

少しばかり、声を引き締めた。

猿姫の顔を見据えた。

猿姫が聞き分けのある相手なのは、三郎はわかっている。

自分が真剣であることを示せば、従ってくれるのだ。

果たして、猿姫は渋々とではあるが、三郎の横に歩いてきた。

三郎の隣に、弾みをつけて腰を落とした。

「阿波守殿、起きてくだされ」

三郎は寝そべったままの阿波守にもうながした。

ずっと横になったまま、三郎と猿姫を見ていた阿波守である。

「このままではいかんか」

「いけませぬ。拙者にならまだしも、猿姫殿にはもう少し敬意を払ってくだされ」

三郎は自分でも驚くぐらい、厳しい声を自然に出していた。

阿波守にも、意外だったらしい。

おっかなびっくりという顔を見せながら、肩をすくめる。

それでも、大儀そうにではあるが、身を起こした。

あぐらをかいて座り直した。

彼が姿勢を改めたのを見て、三郎はうなずいた。

内心、ほっとしている。

一行は車座になって、それぞれ向かい合った。

「で、何かな、大事な話というのは」

膝に頬杖をついて、阿波守は面倒くさそうに口火を切った。

猿姫は、三郎の顔を見守っている。

猿姫に見守られていると、三郎の心は落ち着いた。

「今後のことで、お二人にものをお願いしたいのです」

緊張することもなく、話すことができた。

「今後のこととは」

「実は先ほど、この城が城攻めを受けるかもしれないと、知らせを受けて参った」

「城攻めとな」

頬杖をついて背を丸めていた阿波守は、反射的な動きで背筋を伸ばした。

「誰に聞いた」

「誰に、ということもありません。城内の、風の便りでござる」

三郎は情報元をはぐらかした。

彼にしても、忍びの一子(かずこ)のことを、阿波守から隠しておきたかったのだ。

特に理由があるわけではない。

無意識のことだった。

猿姫に隠し事を禁じた手前ではあるが、彼自身が阿波守の人柄をいまだ、はかりかねている。

これぐらいは猿姫にも許してもらえるだろう、と思う。

「ともかく、今夜中にも、城攻めを受けるおそれがあるのです」

「しかし風の便りでは、何とも頼りないな」

三郎の言葉に、首をかしげる阿波守である。

「おっしゃる通り、不確かな話でござる。しかしそうした話がある以上、何らかの手は打たねばなりませぬ」

「どうする」

三郎は続けた。

「城攻めが事実なのかどうか、探りましょう。城内の様子など、変わったところがないか」

「悠長だな。それより、直に神戸下総守のところに行って、問いただせばよいではないか」

神戸下総守利盛(かんべしもうさのかみとしもり)は、この神戸城の城主であり、神戸家の当主である。

三郎とさして歳も違わない、若い男であった。

三人揃って下総守と対面した折、猿姫が彼と三郎との対話に割り込んだ。

結果、堺まで行くための援助を取り付けている。

その後に城に滞在することを勧められ、一行は従ったのだ。

やりとりの間、下総守の言動に、城攻めを受けることを示唆させるものはなかった。

そうでなければ、三郎もこの城に長居しようなどとは思っていない。

城主の間での謁見の際、下総守は城攻めを知っていて隠したのだろうか。

三郎には判別がつかなかった。

だがどちらにしても、再び会って話を聞くのが早いのは、間違いない。

「おっしゃる通りです。では、拙者、下総守殿に会って参ります」

三郎は言った。

心配そうな顔の猿姫が、何か言いかけた。

手で制する三郎。

「ご心配召されるな」

本当は、彼自身が心配なのだ。

単身で城主から、城の状況の実際を聞きだせるかどうか。

「下総守殿のことは拙者に任せて。お二人は手分けして、城を探ってくだされ」

内心の不安を隠そうと努めながら、三郎は早口に言った。

阿波守はうなずいている。

猿姫は、眉をひそめて三郎を見ながら、うなずきかねている。

「三郎殿、大丈夫か?」

痛いところをつかれた。

大丈夫かどうか、三郎にはわからないのだ。

「ご心配召されるな」

三郎は、自分に言い聞かせる意味でも、強い口調で言った。

 

単身、神戸下総守に会いに行く。

忙しい折なら、門前払いを食わされるかもしれない。

だがそれならそれで、少なくとも彼が忙しいことはつかめるわけなのだ。

忙しいということは、来る城攻めに向けて、対処している最中かもしれない。

会って話せたとしたら、さらに好都合だ。

詳しい事情がわかるかもしれない。

「どちらにしろ、拙者一人にお任せくだされ」

「しかし、私がついていった方が、相手の口を割らせるにはいいかもしれないぞ」

悪びれない調子で、猿姫は言葉を返してきた。

三郎は、思わず彼女の顔を見つめた。

先に対面した際の感触では、神戸下総守は、猿姫に好意を持ったらしい。

猿姫は、そのことをほのめかしているのかもしれない。

しかし三郎は、できることならもう、下総守に猿姫を引き合わせたくなかった。

猿姫を見ていた下総守の視線を思い出すと、胸の中に妙なわだかまりが湧き上がってくる。

「猿姫殿には、城内の探査をお願い申す」

三郎は、やっとのことでそれだけ、声を絞り出した。

納得しきれない様子で、それでも猿姫はうなずいている。

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