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『「僕の考えたゾンビゲー」をひたすら脳内で遊ぶ孤独』

近頃のテレビゲームはなっとらん!と口に出すのは、はばかられる。

しかし実際、近頃のゲームになかなか食指が動かないのだ。

新作ゲームの紹介動画を見ても、私のやりたいのはそういうのじゃないんだけどなあ…とため息ばかりが出る。

私にはやりたいゲームがあるのだ。

ただ、そのゲームは商品化されていない。

私の頭の中に、そのやりたいゲームのアイデアがある。

ゾンビを倒すゲームだ。

既存のゾンビゲーとは違う、私だけの一品。

ただそれを、企画書にまとめてゲーム会社か同人ゲーム作家のもとに持ち込んだとして。

ゲーム化される可能性は皆無であろう。

私のやりたいゲームは、私がやりたいだけのゲームかもしれないのだ。

そんな需要のないゲームの実体化を目指すよりは、実体のないままでも楽しめる術を探る方がいい。

手立てはある。

想念の再現度で人間の脳に勝るコンピュータなど、存在しないのだ。

 

私は目を閉じて、意識を己の想念に集中した。

眼窩に、実家のゲーム部屋の内装が浮かび上がる。

液晶画面。

VRなど私にはいらない、ほどほどサイズの液晶画面に収まるゲームが好みだ。

ゲーム機。

その姿は曖昧であるが、「超次世代ゲーム機」なのだ。

私は、その姿もあやふやな超次世代ゲーム機の電源を入れて、ゲーム画面の起動を待つ。

メーカーロゴが表示された後、それは始まった。

薄暗いアメリカの田舎町の風景が、液晶画面に映し出される。

セピア色の街。

地平線に沈みつつある、夕日。

日暮れ時であるのだろう。

画面手前から、主人公らしき中肉中背の男性が画面奥に向かい、大通りを歩いていく。

広く、筋肉の発達した背中。

カメラのアングルが変わり、主人公の顔がアップで映る。

主人公の顔立ちは鮮明ではないが、固く結ばれた口元が印象的である。

何らかの強い目的を持ってやって来た。

そんな意思を感じさせる口元である。

彼の他には、誰の姿もない。

生気が感じられない街。

彼が行く道にはゴミが散乱し、道沿いの建物の壁面は汚れ、いずれも窓ガラスが割れている。

ところどころ、路肩には自動車が乗り上げている。

自動車の中には、息絶えているドライバーと同乗者たちの遺体。

いずれも眼窩は空洞となり、皮膚は乾ききって変色している。

そのような惨状に脇目も振らず歩いていく、寡黙な主人公。

死んだ街だ。

その死んだ街を背景に、真っ赤な地の滴るような字体で、ゲームタイトルが浮かび上がる。

私がタイトルをまだ決めていないので、その字の形はもやもやとしている。

どうしようか。

舞台がアメリカだから、英語で『Zombie challenge』とでもしておこう。

Challengeと入れると、なんだかカンフー映画の英語タイトルのような響きになる。

だが、そういうものを意図しているのだ。

先ほどから黙々と、荒廃した街を行く男性主人公。

彼は、武術の達人なのだ。

行く手に待ち構える不穏なものと戦えるだけのポテンシャルが、彼にはある。

徒手空拳を頼りに、ゾンビの大群に戦いを挑む、主人公。

ゲームが始まった。

 

主人公を背後から俯瞰する視点で、ゲームは進行する。

画面の上部には主人公の生命力残高を示す、横長のライフゲージが表示されている。

さらにその下に、現在の装備武器を示すアイコン。

今主人公は素手なので、そこには拳のアイコンが表示されているのみだ。

いずれ、主人公がバズーカ砲など、強力な武器を手に入れることもあるのだろうか。

武術の達人ではあるが、必要に迫られて武器を使用することもあるのかもしれない。

思案しながら、死の香りに包まれた街を行く主人公。

彼の目前で突然、道沿いのドラッグストアの自動ドアが開く。

中から、ゾンビが飛び出してきた。

「あううう…」

苦しげな嗚咽。

ぼろきれのように朽ちた衣服。

見るも無惨に変質した肉体。

生前から変わり果てた姿は、女性か男性かも判別できない。

その白濁した目で主人公の姿を認めた。

ゾンビは、生きた人間に対して本能的に食欲を覚える習性なのだ。

襲いかかってくる。

このゲームは、ジャンルで言えばアクションアドベンチャーゲームに分類される。

ゾンビであふれる街を探索しながら、少しずつ情報を集め、謎を解明するのだ。

ゾンビとの戦闘では、肉弾戦を主体にしたアクション操作が求められる。

プレイヤーの反射神経と、コントローラー捌きとが主人公の生死を分けるのである。

ともかく、今目の前にいるゾンビを倒してしまおう。

先に述べたように、主人公は武術の達人である。

この街で育った彼は、地元のカラテ道場でカラテを学ぶ若者であった。

あれはいつの頃だっただろう。

学校のいじめっ子たちにいじめられる毎日だった、内向的な主人公。

ある日、いつものようにいじめっ子たちに囲まれて、小突き回されていた。

そこに現れたのが、カラテ道場の道場主の娘であった。

長い黒髪と切れ長の目を持つ、魅力的なアジア系の少女。

彼女は主人公をかばい、いじめっ子たちをカラテ技で撃退した。

地面に尻餅をついたまま見上げる主人公にウィンクを残し、少女は去っていく。

ひ弱で孤独な主人公が、恋に落ちるのは必然だった。

 

突如湧き上がってきた甘い記憶を味わう余裕もなく、主人公は身をかわす。

ゾンビは主人公の両頬を掻こうと、指を開いた両手で次々に攻撃を繰り出してくるのだ。

コントローラーの操作で、主人公の上体を逸らせ、ゾンビの攻撃を避ける。

敵のたった一撃すら致命傷となりうる。

なぜなら、ゾンビの攻撃で負傷すると、そこから感染する恐れがあるのだ。

感染すれば、最悪、主人公もゾンビになってしまう。

そんな最悪の事態を避けるため、主人公は感染したことが判明するなり、ワクチンを探して投与しなければならない。

制限時間内にワクチンを投与すれば、ゾンビ化は免れる。

しかしワクチンの探索に時間を取られると、ゲームのメインプロットから離れてしまう。

無駄な遠回りを強いられるのだ。

ゾンビからの攻撃は、避けるに限る。

素早い主人公に業を煮やしたゾンビは、その口で噛み付こうと体ごとぶつかってくる。

これは主人公にとって危機であると同時に、好機でもある。

画面に一瞬、特定の入力コマンドが表示される。

それは、必殺技の発現条件なのだ。

コントローラーを操作し、素早く指示されたコマンドを入力。

入力成功!

画面の中では、主人公が全身に不可思議なオーラをみなぎらせている。

必殺技が、出るのだ。

「貫手(ぬきて)!!」。

典雅な明朝体のレタリングで、「貫手」という漢字の二文字が大きく画面上に表示される。

アメリカの地方都市を舞台とするハリウッド映画じみた世界観の中で、このアジア的な表現は異色だ。

同時に主人公が向かってくるゾンビの隙をついて、相手の首筋に伸ばした右手の指を突き出す演出。

力強い。

迫力のある貫手をまともに受け、ゾンビの首が胴体から切断されて、宙に舞う。

残ったゾンビの体のみが、勢いに乗ったまま前のめりになり、そのまま地面に突っ込む。

「押忍(おす)!」

寡黙な主人公も、カラテの達人として、技を決めた後にはケジメとしての掛け声を忘れない。

背後で横たわり動かなくなったゾンビの胴体と首を後にして、再び街の探索に戻る。

画面上には小さく「EXP+30」という文面が表示されていた。

経験値の加算である。

ゾンビを倒せば倒すほど、主人公は強くなれるのだ。

 

いったいなぜ、主人公の故郷はゾンビのあふれる死の街になってしまったのか?

その原因は、新しくゲームを開始する度に、ランダムで決定される。

プレイヤーがこのゲームを何度でも楽しめるようにするための配慮である。

アメリカ政府の行っていた秘密のウィルス実験によるもの。

外宇宙からやって来た、異星人のもたらす怪光線によるもの。

アメリカ社会で阻害されたことを根に持った、ブードゥー教の巫術師によるもの。

他にも諸々あるが、いずれであれゲームの主な内容には変更はない。

主人公が謎を追い求める過程での、プロットにいくつかの違いがあるのみだ。

どのような要因が故郷のゾンビ化を招いたとしても、メインプロットの内容は揺るがない。

主人公の思い出が詰まった故郷。

老いた父母が今なお暮らしていたはずの、実家。

カラテ道場で、カラテと人生について教えてくれた師匠。

道場で共に競い合った、カラテの好敵手。

そして誰よりも大切な、あの娘。

主人公が離れている間に、そんな人たちのいる故郷を襲った、ゾンビ化現象。

皆は無事なのか?

それとも、もう手遅れなのか?

プレイヤーの操作とゲーム進行如何によって、無限のドラマがそこに生まれるのである。

 

窓の外で、豆腐の行商人が慣らす笛の音が聞こえる。

想念を脳内でゲーム化する楽しみにのめり込んでいた私は、我に返った。

狭い部屋。

液晶画面も超次世代ゲーム機もない部屋。

カラテ道場?

好敵手?

大事なあの娘?

そんな思い出は、故郷にあっても得損ねた。

想念の中の荒廃したアメリカの地方都市と、現実の私の街とを見比べた。

現実が豊かなだけに、私の置かれている日常の色彩がセピア色に映る。

なぜ私がゾンビに引かれ、ゾンビゲーにのめり込むのか、いい加減にわかり始めてきた。

本当は、ゾンビを倒すよりも、私がゾンビになって倒されたいのだ。

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