言い訳の東京旅行二日目(9)。観光地浅草歩き。浅草寺、待乳山聖天から浅草六区
東京スカイツリー前に来たのが午後2時頃、展望デッキに登って降りてきたら午後5時前で、二時間と少し観覧にかかった計算になります。
夕暮れ時ですが宿に帰るにはまだ早い時間です。
これから隅田川向こうの浅草まで足を伸ばそうと思います。
東京スカイツリーの横に東部伊勢崎線のとうきょうスカイツリー駅があって便利です。
浅草駅まで一駅乗ればいいのですからね。
浅草駅から出てきたら、目の前が吾妻橋とその向こうの金のオブジェです。
私の隣に観光客の若い女性二人組がいて、私と同じように写真を撮っている連れにもう一人が「何撮ってるん?う○こ撮ってるん?」と大阪弁で朗らかに話しかけています。
大阪人の私は、わずかに同胞愛を覚えました。
雷門ですね。
浅草の名所でしょう。
以前にも何度か来ているのですが、来るたびに観光客の数が増えている気がします。
10年ほど前に来たときは週末の昼間でもこんなに人は多くなかった…と思います。
仲見世商店街ですな。
昔ここの沿道のお店で揚げ饅頭を買って食べたらとても美味しかったです。
ただ今は仲見世商店街での食べ歩きは禁止されているんですってよ。
飲食物テイクアウトのお店が多いのに、食べ歩きが出来ないのでは辛いです。
今回は揚げ饅頭を買いません。
お店の裏側の通りは通行人の数も少なくて、近道にいいんですよね。
左右に仁王の構える宝蔵門(仁王門)もライトアップされております。
五重塔もライトアップされております。
浅草寺は五重塔があって、奈良の興福寺とか大阪の四天王寺の境内と雰囲気が似ていますね。
お参りしました。
浅草寺の開基は江戸開府のずっと以前、飛鳥時代にまで遡るんですね。
江戸一帯がまだ湿地帯だった頃から、浅草寺周辺は信仰の場として発展したといいます。
古代から江戸、東京の歴史の中で重きを成して来た場所だと言えるでしょう。
おそらくは観光地としての歴史も古代から持っていると思います。
浅草寺から出て、周辺の街並を見て行きます。
ところで私は時々小説を書いているのです。
以前にこの浅草界隈を舞台にして短い作品を書いたことがあるんですね。
今度、その作品の内容を膨らませて長編にできないか?などと考えています。
それで改めて現地を歩いてみようと思ったのですね。
観光と作品用の取材とを兼ねているというわけです。
道路が広々としていますね。
5月に行われる三社祭の神輿を通すために車道を広く取ってあるのでは?という気がしますね。
大阪の岸和田でもだんじり祭りのために道路を拡張してあるので、そこから連想しました。
言問橋向こうに見えるスカイツリーも電飾が施されていて素敵なのですが、いかんせん私のカメラのレンズが駄目になっていて写真が駄目です。
あんまり遅い時間にお参りしない方がいいと思うんですけれど、待乳山聖天さんです。
境内に小高い丘があって、その上に聖天さんのお社があります。
お参りしてきました。
境内には作家の池波正太郎の生誕地を示す碑もあります。
1月に行われる「大般若講・大根まつり」と言われる祭礼が有名だそうです。
大根まつりって、何か創作意欲を刺激される響きです。
待乳山聖天から、東京スカイツリーの夜景を見に隣の隅田公園へ。
グラデーションというのでしょうか、深海で発光する海月のそれのように、スカイツリーの電飾が波打ちながら彩りを変化させていくのですね。
しばらく眺めていました。
スカイツリーに気を取られて気付きませんでしたが、スカイツリーの北では雲間から満月がのぞいていました。
こちらもしばらく眺めていました。
浅草六区を通って駅方面に戻りましょう。
沿道に立ち並ぶ飲食店の中で、ここでも韓国由来のチーズドッグのお店が人気でした。
通りかかったカップルの男性が行列を見ながら「そんなもんは韓国で食えや」と冷笑気味にコメントを寄せていて、私は別にチーズドッグに恨みはないのですが、ちょっと彼に同感するところもありました。
観光に来たらその土地のものを食べるのが定番です。
ただ、ですね。
チーズドッグ店に集まっているお客さんたちが観光客とは限らないんですね。
地元の人が浅草名物ばかり食べているはずはありませんし、たとえ食べていてもそれは飽きますからね。
目新しい異国の食べ物を好んで当然です。
そしてまた観光客であっても、よほど観光慣れした人になると土地の名物のようなものに一喜一憂せず、どこへ行っても土地に関わり無い自分の食べたいものを食べるようになるのですね。
どこへ行こうが土地の名物が何であろうが食べたいチーズドッグを食べる観光客。
私はそこに潔さを見出します。
些細なことに動じない生き方、旅人として人として目指すべき生き方なのかもしれません。
三平ストアって林家三平師匠から来てるんですかね。
と、外から眺めて通り過ぎながら思いました。
いまだ観光地での食事に土地のものを求めてしまう私は、浅草駅前にある老舗の天丼店で夕食に浅草名物の天丼を食べて、電車に乗って宿に帰りました。
言い訳の東京旅行二日目(8)。東京スカイツリー内部に潜入。男性と無言の攻防。眺めは抜群、東京の絶景
東京スカイツリーの根元に来ています。
屋台スペースがありますが人が多くてちょっとお店をのぞいてみようという気になりませんでした。
これからあの上まで登ってやろうというのです。
建物内に潜入します。
しかしまず入場券販売カウンターにたどり着くまでにこの大行列。
上の展望デッキ階に行けるまで一時間待ちとか何とか。
信じられない観光客の数。
天下の東京スカイツリー。
窓からスカイツリー支柱部分が拝めます。
前回にも書いたテレビゲームの『真女神転生Ⅳ FINAL』とその前作にあたる『真女神転生Ⅳ』で東京スカイツリー内部は重要な場所として出てくるのです。
一度スカイツリーに入って上まで登ってみたいと思ったのは、実地に内部を自分の目で見てみたかったからなんです。
内部はこうなっているんですね。
行列はじりじり時間をかけて進みます。
はるか遠方にチケット販売カウンターが見えただけで希望の灯が灯ったような。
それぐらい刺激の無い待ち時間を耐えていたのでした。
一時間近くかけてようやく販売カウンタに到着、展望デッキへの入場チケットを手に入れました。
当日券で2100円です。
東京随一の観光地であることを考えると、さほど高くもないかな?と納得できる価格であります。
この後さらに展望デッキ行きのエレベーターに乗るために行列に並びました。
この間に、ちょっとした不快な出来事がありました。
エレベーターまでは縄張りが張ってあって細い通路になり、順番待ちの人たちがずっと一列に並ぶ仕切りになっているのです。
で、なぜか途中でこの細い通路の仕切りが広くなる箇所が度々あるんですね。
ここで近くにいる係員が「順番関係なくお並びください」と呼びかけております。
通路が広くなる箇所ではいったん行列を崩して、大勢を順番関係なく複数列に並ばせるんですね。
ですがその後にまた一列に並ぶ仕切りが待っているので、いったん崩れた行列がまた一列に戻るんです。
その際に、もともと前にいた人が後ろに行ったりその逆になったり、順番が前後してしまうんですね。
それで私も前後にいた人たちと入れ替わってしまったんです。
その後に私の真後ろに来たのが、孫らしい小学生ぐらいの子供を連れた高齢のご夫婦でした。
で、この人たちは、見慣れない私の背中が急に自分たちの目の前に現れたので、私が後ろから来て自分たちの順番を抜かしたものと勘違いしたらしいのですね。
本当は逆で、私はもともと彼らよりずっと前にいたのですけれど。
そのために私はその夫婦の高齢男性から一方的な遺恨を抱かれたらしく、一列に並んだ後も曲がり角にさしかかる度に彼はこちらの隙を突いて、私の前に割り込もう割り込もうと体をねじ込んでくるのでした。
私はその都度さりげなく阻止しました。
小学生の孫は孫で他人の体に無頓着で、こちらの背中にやたらとぶつかってくる…。
本来の私ならお年寄りとか子供とか、先に行かせてあげても構わないと思う方なのですが、件の男性はカーブになるとインサイドから攻めにかかるばかりか、それ以外のときは私の背後で順番を抜かされたことに対する?文句を奥さん相手にぶつぶつ言っているので、私もストレスが溜まります。
勘違いというか逆恨みというか、なんなのでしょうね。
絶対に譲る気はありませんでした。
しばらく攻防が続きます。
最終的にエレベーターにたどり着くと、このエレベーターの箱内部がずいぶん大きくて、順番待ちの数十人が一度に入れる許容量があるのですね。
当然、私も後ろの高齢夫婦とお孫さんも、一度に大人数でエレベーター内へ。
真後ろの人たちと小競り合いをしていたことが馬鹿らしくなる結末でした。
最後はこうなることがわかっているから、運営側も順番待ちの列を途中で崩させたりわりとルーズに並ばせていたのでしょう。
けれども長時間並んでいる人間にとってみれば、前後の人と順番が変わることには非常に敏感になってしまうものなのです。
運営側の人たちにはその辺りの来場客の心理を把握して順番待ちの仕切りを考え直して欲しいと思いました。
まあおそらくは来場客が多すぎて、仕切る側も効率優先にならざるを得ないのだとは思いますがね。
なにしろ物凄い人の数なのです。
日本中から、世界中から観光客。
展望デッキに来ました。
右手から奥にかけて東京湾が広がっています。
ただ展望デッキも人でいっぱいで、通路の幅もそれほど広くはなく、時間をかけて景色を楽しむ余裕がありません。
隅田川沿いの左岸に浅草、その北の南千住方面まで眺められます。
南千住のさらに北、隅田川と併走する荒川の先に広がっているのが足立区の街並ですね。
スカイタワー北側のお膝元には向島、そして曳船の街があります。
どちらも趣きある素晴らしい地名ですね。
遠くに見える大きな山は筑波山でしょうか?
アサヒビールの金のオブジェを眺められるかと思ったら、その後ろのアサヒビール本社ビルとリバーピア吾妻橋ライフタワービル(長いね)に阻まれてちょっとしか見えません。
後で浅草側に行ってから拝みましょう。
芝の東京タワーも拝めます。
東京タワーからは東京スカイツリーが拝めるのでしょう。
混むので急き立てられるようにして景色を見ていますが、一方で他の来場客の人たちと絶景を共有している感もあって、悪くないですね。
南に向けて、緑のラインが伸びていますね。
もともと錦糸町方面から歩いてくる予定だった大横川親水公園です。
上から眺めることができました。
ずいぶん長い公園であります。
次に錦糸町からスカイツリーに歩く機会があれば次は大横川親水公園沿いに来ましょう。
ここに来なければ拝めない東京の絶景を見ました。
2100円のもとは取れましたでしょう。
残念ながら今回は見えませんでしたが、空が晴れているときには富士山の姿まで拝むことができるそうです。
帰りのエレベータに乗るのも大変です。
足元がガラス床になっていて、混雑しているせいでこの上に立って待たないといけない状況がありました。
高所恐怖症の私にはつらいものがありました。
展望デッキの下階の窓から見た風景です。
遠景に、川の中州に浮かんでいるような高層ビル群があって、目を奪われました。
おそらくは佃から月島にかけて建つ高層ビル群なんですね。
混雑に苦しみながらも、かなり楽しめた東京スカイツリーでした。
将来的にもう少し来客数が落ち着くことでもあれば、また何度か登ってみたいと思います。
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言い訳の東京旅行二日目(7)。『真女神転生Ⅳ FINAL』で馴染みの錦糸町駅、錦糸公園。東京スカイツリーの威容
コシャリ屋コーピーでコシャリを食べた後、JR錦糸町駅前に来ています。
駅ビルの名前はTERMINAって言うんですね。
イタリアの駅みたいですね。
丸井錦糸町店も駅側から見るとしっかり百貨店然としています。
私は見た目の地味な裏口から入ったのでスーパーに入るような気持ちで入ってしまいましたが。
錦糸町駅前ロータリーに明治時代の歌人で小説家でもあった伊藤左千夫(いとうさちお)の歌碑があります。
小説の『野菊の墓』を書いた人ですね。
ここ、彼が経営していた牧舎跡なんですって。
もともと酪農家だったのが、同業者の影響で文芸活動に目覚めたのですと。
想像がつきません。
巨大な駅舎ですな。
少し中をうろついてきました。
この下にある地下鉄駅構内が『真女神転生Ⅳ FINAL』というゲーム作品の中で主人公「ナナシ」とヒロイン「アサヒ」の住居になっているんですね。
ただ今回は地下鉄を利用するわけでもないので、地下鉄駅構内には入りませんでした。
後から考えれば、聖地巡礼で来ているんだから入場券買うなりして入ってみればよかったですね。
惜しいことをしました。
駅ビル脇のトンネルを通って北側へ抜けます。
なぜなのか、歩いている人の数が妙に多いです。
東京はどこもそうなのでしょうかね。
駅を北に抜けたところにある錦糸公園に行きます。
お察しの通りここも『真女神転生Ⅳ FINAL』に出てくる場所で、ゲーム内では一種のダンジョンとして再現されております。
公園の東側に野球場があるんですね。
ゲーム中では「錦糸公園」の東端は壁のようになっていて背景も暗いのですが、よく見ると野球場のフェンスらしい陰影があります。
ゲーム冒頭の山場になるイベントの発生場所がこの噴水前なのでした。
どんなイベントなのかは重大なネタバレになるのでここでは明かせませぬ。
どうぞ皆様『真女神転生Ⅳ FINAL』を遊んでください。
私は実際の場所に来れて、感無量でした。
錦糸公園隣に立つ高層ビル「オリナスタワー」の陰から、東京スカイツリーがこちらの様子をうかがっております。
いよいよスカイツリーの勢力圏に足を踏み入れてしまったようです。
ロケットの形を模した遊具も健在でした。
ゲーム内では配置場所が現実のものから変更されてはおりますが。
錦糸公園を後にして、東京スカイツリーを目指して歩いていきます。
結構距離はありそうなのですが、途中の街並を見ながら歩いておきたいんですね。
東京スカイツリーもゲーム中に出てくる重要な場所で、私は普通の観光客である以上にメガテンファンとしての目線でランドマークとか街並を鑑賞しています。
あらかじめ言っておくと東京スカイツリーの内部もダンジョンとして出てくるんですね。
それで普段観光地のタワー系建造物には入らず登らずに済ませることが多い私も、今回は中へ入ってみようと計画しております。
錦糸公園からずっと西に行くと「大横川親水公園」という南北に長く縦走する川沿いの公園がありまして。
その川沿いに北にスカイツリーまで歩いて行こうと思います。
ということでオリナスタワーのある太平四丁目の交差点で左に曲がり、まずは西方面に行きます。
と思ったら、途中の太平二丁目交差点でこんな通りを見つけてしまいました。
「タワービュー通り」と言って、ご覧のとおり東京スカイツリーを眺めながらその下まで歩いていける、奇跡のような通りなんですね。
東京スカイツリーの全容をここで目にして、興奮しました。
大横川親水公園を経由して行く予定をここで変更しました。
このまま目の前のスカイツリーに向かっていきます。
途中の街並を堪能する余裕もなくなりました。
スカイツリーしか目に入ってきません。
人類があれだけの高さのものを建てて許されるのか?という問いが心に浮かんできます。
圧倒的な高さです。
浅草通り沿いの建物に突き当たりました。
ここに至ってこの眺めです。
見上げると、腰を反る体勢になって痛いです。
建物を迂回して、スカイツリーの根元まで行きましょう。
川向こうにツリー。
ツリーの下は商業施設、東京スカイツリータウンです。
北十間川という川だそうです。
スカイツリーの根元付近は川の両岸が親水テラスになっていて、散策できるようになっています。
スカイツリーの対岸のビルの窓にはスカイツリーがそのまんま映っていました。
ビルの中の人はツリーを毎日至近で見ながら生活することになるのですね。
歩行者専用橋「おしなり橋」を渡って私もいよいよ東京スカイツリー側に参りましょう。
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『瞬殺猿姫(52) 猿姫の縁者。吟味にあたる織田弾正忠信勝』
織田弾正忠信勝(おだだんじょうのじょうのぶかつ)は、那古野城の地下牢に来ている。
いくつかに区切られた房のそれぞれに、罪人が押し込められている。
尾張一国を統一して後、弾正忠は領内の治安回復に努めていた。
それで、収監される罪人の数は日増しに増えている。
常に地下牢の房は罪人で満ちて、空きが無い。
ひとつの房の中に、赤の他人の罪人同士を複数入れることを余儀なくされている。
だが中には、家族ぐるみで押し込められている者たちもいた。
「猿姫の縁者」家族である。
「もう半年にもなるとな」
房の中を覗きこみながら、弾正忠は気の毒そうに言った。
家族は、それぞれ莚の上に力なく座り込んでいる。
壁際にもたれかかっている、年輩の男。
着衣は擦り切れて、汚い。
やせ細り、頬がこけている。
精気の無い目で、無表情に弾正忠を見返している。
居住まいを正すことはなかった。
「亭主の名は竹阿弥(ちくあみ)、御先代の頃にお側に仕えておった者です」
弾正忠の隣に立ち、房内を燭台で照らしながら説明しているのは、那古野城の城主である織田孫三郎信光(おだまごさぶろうのぶみつ)である。
孫三郎信光は、弾正忠の父である先代弾正忠信秀(のぶひで)の実弟で、弾正忠にとっては叔父にあたる。
「竹阿弥。しかし、知らぬ顔だが」
「病を得て暇を出されたと聞いております。御館様の御元服前のことでしょう」
「城仕えをしていたにしては、姿勢がよくない。その病のせいか」
「さようでしょうな」
孫三郎は若い甥の質問とも皮肉ともとれる言葉を受け流した。
竹阿弥は心身ともに衰弱しきって、尾張の支配者を迎えても作法を改めることすらできないのだ。
死相さえ浮かんでいる。
責めるのは酷であろう。
弾正忠はしかめ面でうなずきながら、竹阿弥から視線を他の者に移した。
「竹阿弥は正気を失っておりますので、無礼はお許しを」
竹阿弥の隣にいる女房は莚の上に平伏している。
「表を上げよ」
弾正忠は好奇心から声をかけた。
女房はおそるおそる、顔を少しだけ上げた。
弾正忠の顔を見上げる。
痩せて汚れた顔に、目鼻が乗っている。
中年の主婦であった。
やはり疲れきった表情である。
半年も牢での生活を強いられていては無理もない。
「お主が猿姫とやらの母御か」
「左様でございます」
猿姫の母はもつれる舌で言った。
「女房の名は、なか、という名だそうです」
横から孫三郎が補足する。
弾正忠はうなずいた。
「母御の名は、なか。して、なかよ」
「は」
「猿姫は父御と母御、どちらに似ておるか」
「は…」
唐突な質問に、猿姫の母は面食らった。
「どちらと言って似ては…」
「あの娘は死んだ弥右衛門(やえもん)の子です。少なくとも私にはひとつも似ておりません」
女房の言葉を遮って、壁際の竹阿弥がしわがれ声を発した。
酷薄な言い方であった。
弾正忠は孫三郎の方を見た。
「猿姫は、なかの前の亭主の子です。弥右衛門と言って、当家の足軽だった男です」
「討ち死にか」
「戦場で膝に矢を受けて、御役御免になったのですな。その後何年か経って病で逝ったものと女房は申しております」
「であるか」
弾正忠は気も無さそうに相槌を打った。
ただ猿姫の容貌を、両親の顔から連想したかっただけなのだ。
弾正忠は視線を移した。
女房の横で同じく平伏する少年と、その横には幼い少女。
「猿姫の、父親違いの弟と妹です」
「であるな」
弾正忠はうなずいた。
「両名、表を上げよ」
兄と妹に声をかけた。
二人は顔を上げる。
「む」
弾正忠は声を漏らした。
見上げる二人から、敵意のある視線を向けられている。
痩せた兄妹の鋭い目に射られて、弾正忠は同じく厳しい視線を相手に返した。
「両人共、何か言いたそうな目であるな」
少年の方に語りかけた。
少年の口元が歪む。
だが発言をためらっていた。
「童。名を申せ」
「小一郎(こいちろう)です」
弾正忠の目を見据えたまま、はっきりと言った。
「小一郎。私は織田弾正忠である」
「知っています」
「私の素性を知りながら、その方のその目つきは何か。無礼とは思わぬか」
弾正忠は正論を言った。
しかし、小一郎は態度を改めない。
「そうでしょうか」
「何、無礼ではないと申すか」
「殿様が私たちになさった仕打ちをお考えください」
「どういうことであろう」
「私たち一家は言われ無きことで半年もここに閉じ込められております」
「言われ無きことでもあるまい。猿姫はお主らの係累であろう」
「そうです」
「猿姫がこの弾正忠の配下の者たちを殺めたのだ。当人が逃げれば、係累であるお主らが責を負うのは当然であろう」
小一郎は納得しない顔でいる。
「確かに、姉…猿姫が三郎様をそそのかしたうえ、お侍を殺したと言われて私たちはここに閉じ込められました。ですが、もとより話がおかしくはありませんか」
「なぜそのように考える」
弾正忠は口元にわずかに笑みを浮かべて先をうながす。
小一郎の理屈っぽい語り口が、満更不愉快でもないらしい。
「姉がお侍を殺す理由がありません。理由があったのは三郎様の方でしょう」
「そういうことか」
「猿姫が三郎様の代わりにお侍を殺して、何の得があります。むしろ三郎様が姉を脅して無理にお侍たちを殺させたのではありませんか」
「筋は通っておるな」
弾正忠はうなずいた。
「そのはずです。本来三郎様が責を負うべきことを、身分の低い姉に押しつけて縁者の私たちを半年も閉じ込めている。これは殿様の御政道として、無体ではありませんか」
小一郎は言い切った。
母親のなかは、畏れ多くて言葉を失っている。
ただただ額を莚の上に付けて、平伏した。
壁際の竹阿弥は、聞いてか聞かずか、壁にもたれかかったままぼんやりとしている。
小一郎の幼い妹は、弾正忠を無言でにらんでいる。
「であるか。しかし仮にそうとして、小一郎。猿姫が当家の侍たちを殺めたのは事実だ。これは言い逃れできまい」
「農家の小娘ごときに倒されてしまったのはお侍の側の瑕疵でありましょう。お武家のたしなみとしての武芸に怠りがあったのでは」
弾正忠は口をつぐんだ。
織田家は兵の強さでは近隣の大名家に引けを取っている。
家中の武士たちを見ても、武芸に秀でた者は少ない。
痛いところを突かれた形である。
弾正忠の隣で、孫三郎は話の流れに呆れた顔だ。
「御館様。この成り行き、どうするのです」
「猿姫捕縛の手がかりを得ようとしてここに来たのだ。収穫はあった」
小一郎にやり込められたばかりなのに、口元がほころんでいる。
再び小一郎の方に視線を向けた。
「小一郎の言い分はわかった」
「では、私たちを出してもらえるのですか」
「それはお主次第である」
房内の雰囲気がふいに軽くなった。
小一郎の顔に、期待の色が浮かぶ。
「私次第ですか」
「そうだ。小一郎、私はお主が気に入った」
「これは」
少年は、何と言葉を返していいかわからないらしい。
戸惑いの表情でいる。
「…ありがとうございます」
「お主のように弁舌巧みな者が城下におるとは。稀有なことである」
「ありがとうございます」
「おそらくは城仕えをしていた父御の薫陶によるものであろう」
弾正忠が自分に言及しても、竹阿弥は壁によりかかったままで反応しない。
代わってなかと小一郎が平伏をする。
「…ついては小一郎」
弾正忠が声の調子を強めた。
「お主だけを牢から出そう」
「どういうことでございましょう」
小一郎の表情は翳った。
「小一郎。その弁舌で、猿姫を連れ戻して参れ」
「えっ、そんな無体な」
「お主に期待するところがある。猿姫の身柄と交換に、父御も母御も妹も解放する」
「無体です」
小一郎はあえいだ。
流れに乗って殿様相手に出すぎたことを言ってしまった、とようやく気付いた顔だ。
手遅れであった。
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『手間のかかる長旅(107) 暗い本堂。座り込むアリス』
靴を脱いで、暗い本堂に足を踏み入れた。
「あれっ」
中の風景に目が慣れてきた。
「アリス…?」
時子(ときこ)は恐る恐る声を上げた。
すぐ手前に、正面の御本尊に向かって、アリスが座り込んでいる。
その横に美々子(みみこ)が立っていた。
御本尊に向かう祭壇の手前には、誰も座っていない座布団と木魚がある。
「あれ、これ」
時子は気付いた。
誰もいないのに、勤行の経を読む声と、木魚の声。
本堂内部に鳴り続けている。
「スピーカーで鳴らしてたんだ」
美々子が時子の方を振り返って言った。
「なんでこんな…」
座り込んだアリスが、こちらに背を向けたまま、くぐもった声で言った。
時子はいたたまれない気持ちになった。
「にぎやかしかな」
美々子は首をひねる。
時子の後ろから、町子(まちこ)とヨンミ、東優児(ひがしゆうじ)が本堂に入ってきた。
「いご、ちんっちゃちょあよ。ぽくぽくぽく…」
「ヨンミちゃん、これ録音されたお経と木魚だよ」
「お、ちょんまりえよ?」
「本当に。誰もいない」
「くれ…しんぎはねよ。ぽくぽく…」
ヨンミも腕組みして口ずさみながら、胡散臭そうに天井あたりに視線をやった。
スピーカーの場所を探しているらしい。
しかし物陰にあるらしく、暗い本堂の中では容易に見つからない。
「無人でお経なんて…」
「防犯対策かしらね」
町子も美々子のそれよりも世知辛い見解を示した。
時子にはわからない。
先日の夕暮れ時に時子が来たときには、こんな自動のお経も木魚も再生されてはいなかった。
週末だけの試みなのだろうか。
「くろんで、ありすおんに。けんちゃなよ?」
ヨンミがアリスを気遣い、静かに声をかける。
アリスの背中は小さかった。
沈黙している。
「おんに?」
「…あんまり大丈夫じゃない」
ややあって、気落ちした小さな声が返ってくる。
アリスの隣に立つ美々子が、アリスの肩を軽く叩いた。
アリスの左右に美々子とヨンミ。
アリスの後ろに時子、その左右に町子と優児。
皆がアリスと同じく御本尊の方を向いて彼女を囲み、正座している。
すっかり意気消沈したアリスを放っておけず、集まった。
そのまま、思い思いに祈っている。
アリスは膝の上に両手をついて、前屈みになっている。
誰も声をかけない。
美々子もヨンミも、アリスの顔を覗き込むことを遠慮して、前方の如意輪観音像を眺めている。
町子はその場の雰囲気に合わせながら、どこを見るでもなく顔を上げてぼんやりと過ごしていた。
優児はアリスに同調したのか、しんみりしてうつむき加減でいる。
時子は前に座るアリスの背中を撫でて慰めたい衝動に駆られながら、遠慮してそれをしないでいる。
録音のお経と木魚でアリスに期待させたお坊さんは罪な人だ、と思うのだった。
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『瞬殺猿姫(51) 海の上、阿波守に復讐する猿姫』
織田三郎信長(おださぶろうのぶなが)と蜂須賀阿波守(はちすかあわのかみ)は力を合わせた。
二人で茶店の中から、猿姫(さるひめ)の体を抱えて、外に運び出した。
外には、農家で借りた荷車を支えて、佐脇与五郎(さわきよごろう)が待っている。
阿波守が猿姫の背中側から両脇の下に手を入れて彼女を持ち上げ、三郎は猿姫の両脚を大事そうに奉げ持っている。
猿姫はおとなしくされるがままになっている。
阿波守と三郎は二人で息を合わせて、荷車の上まで猿姫の体を運んだ。
「猿姫殿、ご気分はいかがでござる」
荷車の上に力なく収まった猿姫を、三郎は気遣った。
「恥ずかしい」
猿姫は小声で短く答えた。
阿波守が笑い声をあげる。
「あ、しまった、私の棒」
猿姫が慌てて、荷車からはみ出た手足をばたつかせる。
三郎も慌てて茶店の中へ。
猿姫愛用の得物を回収して戻ってきた。
「大事なものを忘れるところでござった」
「私としたことが」
猿姫は棒を受け取って、大事そうに自分の体の上に置く。
「これもです」
三郎は猿姫に編み笠を手渡した。
「ちょうどいい、恥ずかしいからこれで顔を隠そう」
猿姫は編み笠を目深にかぶった。
口元しか見えない。
三郎たち三人も、編み笠をかぶっている。
朝からの旅装のままだ。
「急ぎましょう」
佐脇与五郎がうながした。
三郎と阿波守はうなずいた。
いよいよ半年の間頓挫していた南伊勢への旅を再開する。
仲間三人が集まり、そこに与五郎という同行人も加わったが、先行きの不安である。
茶店の中に襲ってきた刺客を残したまま、心残りもある。
だが、同じ場所に留まっていることが一番危険だ。
一向は南へ、伊勢街道を進んだ。
与五郎に代わって、猿姫の乗った荷車を三郎が押している。
自分が猿姫の近くにいないと、三郎は安心できない。
「漁民の家に着き次第、小船を借りましょう」
落ち着いた与五郎の声に、励まされる心地になる。
三郎はうなずいた。
近隣の漁民から小船を借りて、伊勢の海に漕ぎ出した。
とは言え、沖に出るわけではない。
着かず離れず、岸辺に沿って南下する。
阿波守が櫂を担当した。
阿波守の出身である蜂須賀氏は川並衆と呼ばれる集団に属している。
この川並衆は尾張国と美濃国の間の木曽川流域を根城にしており、木曽川を使った物流、渡し舟の運営等を収益源にしている。
その縁で阿波守も船の扱いに長けている。
運よく、海は凪いでいた。
「しかし俺は川舟には慣れていても海に漕ぎ出すのは慣れておらん」
阿波守は弁明した。
半年前、三郎たちは猿姫の漕ぐ川舟で木曽川から白子まで海を来ている。
猿姫に船歌を強要した結果、船歌を知らない彼女はやむなくお田植え歌を歌っている。
「そうだ。髭、貴様、歌を歌え」
船底に横たわった猿姫が、思い出したように言った。
「歌とは」
船尾に立つ阿波守は、そ知らぬ顔で潮風を頬に受けている。
「とぼけるな。お前、前に私が船を漕いだ時は私に歌わせただろう」
猿姫は小声で抗議した。
「そう言えばそうですな」
三郎も同調した。
猿姫は、船を漕ぎながら歌を歌った状況を思い返している。
「女が船を漕ぐのは不吉だの、船歌を歌わないのは不吉だの。およそ縁起でもない嫌がらせをしてくれたじゃないか」
思い返すと腹が立って、小声で抗議し続けた。
三郎は口をつぐんで、阿波守の方を見た。
船尾で櫂を操りながら、阿波守は平然としている。
「その節は無礼なことを言って悪かった」
猿姫の方を見下ろして、口先で謝罪した。
「許すか」
猿姫の怒りに火がついてぶり返し、収まらない。
「お前も船歌を歌え。でないと不吉だ」
「この俺に可愛らしい声でお田植え歌でも歌えと言うか」
猿姫は起き上がろうとする。
「このむさくるしい髭面が」
「猿姫殿、傷に障ります」
三郎が慌てて猿姫を押し留めた。
「阿波守殿、怪我人を愚弄するのはお止めくだされ」
「愚弄した覚えはないが」
阿波守は平然と船を漕いでいる。
船上の騒ぎと裏腹に、海面は穏やかである。
空には雲も少ない。
「歌など歌わなくとも、見ろ、俺の日頃の行いがよいから海も凪いでいるではないか」
「お前の日頃の行いじゃない。私の日頃の行いがいいんだ」
猿姫が憎々しげに阿波守を見上げ、毒づいた。
三郎と与五郎は苦笑している。
「さっさと歌わないか」
猿姫はあきらめなかった。
船底から愛用の棒を取り上げ、船尾の阿波守の腹を突く真似をする。
「危ない、海に落ちる」
阿波守は大げさによろめいてみせた。
なかなか歌おうとしない。
「阿波守殿、拙者も船歌を一度聞きとうございます」
三郎は猿姫を助けに入る。
「事情は知りませんが、ここまで言われるのだから歌って差し上げてはいかがか」
事情を知らない与五郎も猿姫たちに加わった。
阿波守は渋い表情になった。
追い詰められている。
「運び賃を払った船客にだけ聞かせる歌なのだが」
「お前にはよほど借りがあるはずだ、髭」
阿波守はため息をついた。
それから息を吸って、木曽川の船歌を歌い始めた。
船上では、猿姫と三郎が船底に仲良く並んで横になり、寝息をたてている。
船先に後ろを向いて座った与五郎も、眠そうな顔でうつむいている。
船尾で櫂を操る阿波守は、板に付いた様で、船歌を歌う。
阿波守の明朗な声と、穏やかな波の音が溶け合って響いている。
小さな船が海岸沿いをゆっくりと南に進んでいった。
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『手間のかかる長旅(106) ぽくぽくと鳴る木魚。アリスは先んじる』
山門内側で待っていた美々子(みみこ)たち先の三人と合流した。
「遅いぞ」
美々子は腕組みしている。
「理由も無しに急いで先に行くからでしょ」
町子(まちこ)は負けていない。
ヨンミは本堂を見ている。
東優児(ひがしゆうじ)は境内を囲む土塀の際に立てられた境内案内図を見ている。
美々子は彼の傍らに立った。
「みんな、どうする?」
美々子の声かけで、時子(ときこ)、町子、アリスとヨンミも案内図の前に体を寄せた。
こんなのあったんだ、と時子は思った。
先日は、勝手知った様子で境内を進むアリスに任せ、時子は本堂まで同行しただけだった。
如意輪寺の境内に何があるか、把握していない。
案内図で見たところ、境内は山中の広い範囲に及んでいた。
広い境内に様々な寺院施設が散在している。
「何かいろいろあったのね」
時子は思わず口にしていた。
アリスはうなずいている。
「日本庭園もあるにゃ」
「本当だ」
境内に入り込んだ森に遮られて、寺院の全容が見えないのだ。
先日の時子はアリスと山門から入った先の正面にある本堂で時間を過ごしている。
そのときにはアリスの知り合いだという「坊さん」にも会えなかった。
無理もなかった。
あらかじめ連絡を取っておかなければ、境内で偶然落ち合うことは難しいだろう。
今回は会えるのかな、と時子はアリスのことを考える。
アリスは屈託もなさそうな顔で案内図を見ている。
「どうする、お前たち」
アリスは友人たちに声をかけた。
「まず最初にお参りだよね」
美々子はすぐに反応した。
お参りして、御本尊を拝む。
建前は、皆でお参りに来ているのだ。
寺社参詣である。
ご飯を食べてまったりするのは、その後だ。
一団は本堂に向かった。
同時にバスで降りた年輩の女性たちは、本堂を素通りして境内の一角にある墓地に向かう人が多かった。
彼女たちはお寺へのお参りではなく、最初から墓参りだけを目的にしているらしい。
残された時子たち六人が本堂に近づくと、妙な小高い音が聞こえた。
同じ音が延々と鳴り続けている。
「ぽくぽくぽくぽく…」
ヨンミがふざけて真似をする。
木魚を叩く音だ。
その音に重なるように、後から経を読む声が響いてくる。
明朗な、男性の声である。
当然僧侶のものであろう。
「坊さんだ…」
すぐ横にいた時子にだけ聞こえる、小さな声だった。
時子は並んで歩くアリスの顔を見上げた。
アリスも時子を見返した。
嬉しそうな表情を隠さない。
時子も笑顔を返した。
「よかったね」
「うん」
二人のやり取りを町子が黙って見ている。
アリスは時子の顔から本堂の方に、視線を戻した。
早足になって、一団の先頭に先んじた。
「アリスどうした」
二番手になった美々子が怪しんで、声をかける。
「知り合いの坊さんだにゃ」
声を弾ませて先へ行く。
「知り合い?ああいうお経を読む声でわかるもんなの?」
「わかる」
事もなげに言い、友人たちを置いて本堂に入ってしまう。
「待ってよアリス、お坊さんを私たちに紹介しな」
慌てて追いかける美々子である。
時子たちもアリスと美々子を追って本堂に迫った。
「ぽくぽくぽく…」
ヨンミは木魚の音が気に入ったらしい。
歩きながらまた真似している。
木魚が珍しいのだろうか。
「あにえよ、うりならえどもったくんいっそよ」
私の国にも木魚はあります、と控えめに言い添えている。
しかし時子には返事をする余裕がなかった。
アリスと件の僧侶の邂逅を、見逃したくない。
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