言い訳の東京旅行一日目(2)。東京タワーと増上寺。三解脱門から出た
これまでは旅の予定はあんまり詰めず、現地で気ままに散策の順路を決める、ぐらいの緩い旅をしていました。
ただその結果訪ねたい飲食店だとか施設だとかが定休日で入れない、またお店の場所自体がよくわからなくて見つけられなかった、などの失敗が多いのです。
MicrosoftのWordで行程表をつくってプリントアウトしています。
そして立ち寄る飲食店、施設などの定休日と営業時間と場所など明記したリストをExcelでつくり、これもプリントアウトして持って来ています。
ひとつの場所で散策を終えたら、これらのプリントアウトを確認すれば次に行くべき場所がわかるのです。
ガジェット類に詳しい人ならスマホか何か端末にそういうスケジュール表的なものを入れるのでしょうけれど。
私はそういうものにいまいち疎いので、今回は端末ではなく紙頼みにしています。
ラーメン二郎での食事を済ませた後、件のプリントアウト群を確認しました。
芝公園界隈を散策して、その後は新宿区の高田馬場に向かう予定になっていました。
食後でとても苦しいので、芝公園界隈散策の時間を多めにとろうかと思います。
慶應義塾大学脇の網坂を上り、北に行きます。
坂道の左側は網町三井倶楽部の敷地、右側は駐日イタリア大使館の敷地です。
駐日イタリア大使館の敷地内には「大石主税切腹の池」があるらしいのですが、一般公開されていないので見に行くことはできません。
もともとは伊予松山藩の中屋敷で、赤穂浪士による吉良義央(きらよしなか)邸の討ち入りの後、大石主税を含む10人の浪士たちが身柄を預けられていました。
最終的に彼らは切腹に追い込まれたのです。
その現場である屋敷跡が松方正義(まつかたまさよし)公爵邸を経てイタリア大使館の敷地となったわけであります。
実は今回の東京の旅、自分で設定したテーマのひとつに「忠臣蔵の舞台を巡る」ことがあります。
忠臣蔵、赤穂浪士関連の史跡にはできるだけ立ち寄りたいと思っているのです。
それにしてもイタリア大使館のイタリアの偉い人たち、職場の敷地内に赤穂浪士が切腹した場所があるってこと、どう思っておられるのか気になります。
網坂を上りきった突き当たりに、旧社会保険庁の豪勢な建物でした。
東京都港区芝。
日本のお金が集まってくる界隈なんですね、この辺り。
旧社会保険庁前で右手に曲がり、東の三田通りまで坂道を下ります。
上ったり下ったり。
坂道の多い東京の街を歩く醍醐味であります。
三田一丁目の交差点に出るともう近くに東京タワーの姿が現れて、興奮しました。
昔何度か近くまで見に行っていて、一度は展望台まで上り東京の夜景を眺めたこともあります。
東京タワーの姿を拝む度に感動があります。
いくつになっても田舎者です。
今までは北の新橋もしくは西の六本木方面から見に来ていたので、今回のこの南側から見る東京タワーの風景は初めてです。
東京スカイツリーが出現した現在も、東京タワーの威容はいささかも衰えていません。
せっかく来たので、近くまで寄ります。
東京旅行に来ている、という実感が湧いてきます。
ここ数年で釜山、香港、台北、上海、ソウルと外国の大都市群を旅行する機会に恵まれました。
もちろん海外の大都市を訪ねて、刺激は多かったのです。
ただ私の場合、東京に来たときの気持ちの盛り上がり具合は外国大都市でのそれを上回ります。
やはり、東京旅行が好きなんですね。
このアーチの具合も絶妙。
東京タワー北側を通る東京タワー通り沿いに、小さな寺院がありました。
臨済宗の金地禅院です。
徳川家康のブレーンだった僧侶、金地院崇伝(こんちいんすうでん)を連想したのですが、現地の案内板には特に説明はありませんでした。
後でネットで調べてみると、やはり崇伝が創建して住職を務めていたということでした。
東京タワー西側に隣接する大寺院、増上寺にお参りしていきます。
これまで増上寺は門前を通りながら、お参りしたことはなかったのでした。
室町時代初期に、現在の千代田区紀尾井町辺りに浄土宗の道場として開かれた増上寺。
安土桃山時代になって徳川家康の帰依を受け、後に当地に移転しました。
徳川家の菩提寺であります。
本堂にお参りいたしました。
折り良く徳川将軍家墓所公開ということで、見学させていただくことにしました。
墓所には二代将軍の徳川秀忠(とくがわひでただ)公を始め六人の将軍と、二人の将軍正室が眠っています。
拝観冥加料として500円納めました。
墓所は真鍮製の立派な門に守られているのです。
この脇の通用口を通って見学してきました。
霊廟の内壁に沿って宝塔が並んでいます。
元々は徳川家の霊廟は広い敷地内に多くの建物があったそうなのですが、太平洋戦争時の空襲で建物は半ば焼失し、敷地が縮小されて宝塔も移築されたようです。
元は増上寺北側の東京プリンスホテルの敷地も徳川家の霊廟があったところでした。
東京プリンスホテルに一晩泊まってみたくなりました。
「三解脱門」と言う増上寺正門から出て参りました。
江戸幕府大工頭の中井大和守正清による建築だそうです。
三解脱とは三つの煩悩(貪欲、怒り、愚痴)からの解放を意味するもの。
今回の旅で、私も三つの煩悩から解脱することができればよいのですが。
今は満腹なので、とりあえず貪欲からは無縁の境地にいます。
三解脱門からまっすぐ東へ、芝大門を通って進んでいきます。
このまま山手線の浜松町方面まで行くのです。
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