『手間のかかる長旅(019) 町子は記事更新に余念がない』
時子(ときこ)はスパゲティをフォークの先に絡めてまとめては、ぱくぱくと食べた。
彼女の正面に座る町子(まちこ)は、左手にスマートフォンを持ち、右手の指先で画面を触っている。
時々、画面から目を離さないまま、自動的な動きでフォークを取り上げる。
スパゲッティを皿の上でまとめようとするのだが、視線はスマートフォンに注いだままなのでうまくいくはずもなく、いつまでもフォークの先はスパゲッティに逃げられて空回りする。
そのうちに町子はまたフォークをテーブルの上に置いて、空いた右手でまたスマートフォンを操作し始めるのだ。
ずっとその流れを繰り返している。
落ち着いて見ていると、じれったくなる風景であった。
時子は自分は食事を順調に進めながら、そんな町子に視線をやっている。
「ブログ、昨日から更新した?」
時子はたいした関心もなく尋ねた。
「うん、更新したよ」
町子は気軽な調子で答える。
「昨日のお昼からね、記事10本更新したよ」
「本当」
何をそんなに書くことがあるのだろう。
もっとも昨日聞いた限りでは、町子は日々のごく小さな出来事も短い文章で記事にしてしまうようだから、意外と簡単なことなのかもしれない。
この人はよっぽど表現欲求が強いのだな、と時子は感心した。
ただ、そんな彼女の日常そのものには時子はそこまでの個人的関心がないので、そのブログを見てみたいとも思わない。
「私のブログ、読む気になった?」
いつの間にか画面から目を離して、町子は上目遣いに時子を見ている。
読者集めに抜かりがない。
「いいよ。だってなんだか怖いもの」
「ふふっ」
町子は含み笑いをする。
時子は、少し心配になった。
まさか、町子は人のことをブログ記事のネタにしてはいないか。
「町子さん、まさかとは思うけど」
フォークをテーブルに置いた。
「うん?」
「私の名前とか、私が遭ったトラブルとか、ブログで記事にしてないよね?」
急に恐怖感が時子の背筋を駆け上がった。
寒気に襲われる。
「そんな、ひどいよ時ちゃん」
心外だ、という表情で町子はこちらをにらんだ。
「友だちをダシにして記事を書くようなスタイルの書き手じゃないの、私は」
「うん」
「だいたい身近な人の実名は一切公開してないし、個人が特定されるようなことも書かない」
そういう配慮が出来る友人だったとは、時子は少し意外だった。
「昨日は私たちのことは、ここでご飯食べたことしか書いてないよ。あとは、自分の個人的なことだけ」
町子は熱弁をふるった。
友人に誤解されたくない、という思いが伝わってくる。
「うん、ならいいの」
町子が人を欺くタイプの人間でないことは時子も知っている。
嘘は言っていないと思う。
あまり疑うのもかわいそうかもしれない。
「町子さん、疑ってごめんね」
時子は速やかに謝罪した。
「いいよ」
町子も快く受け入れる。
「でもさ、念のために、私のブログ見て確認しておく?」
「ううん、大丈夫。あなたを信用してる」
うまく辞退した時子を見て、町子は唇を噛んだ。
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