『酔って深夜の大立ち回り』

人が酒に酔っているのに、後ろから妙な音を出す乗り物に乗って追いかけてくる。 

「歩け歩け」 

飲み会帰り、こちらは深夜の住宅地をほろ酔い加減で歩いていたのだ。 

自宅まであとわずか、という場所だった。 

時間も時間で、私のほかには歩いている人は見当たらない。 

「歩け歩け」 

後ろからの耳障りな、けしかけるような声。 

うるさいなあ、と思って振り返った。 

妙な車に乗った男である。 

水産市場で使われる小型車両だ。 

近くにそういう市場もないのに、なぜそんな車に乗って公道を走っているのだろう。 

どこかから盗んできたのだろうか。 

男は、目つきが悪かった。 

こちらをにらみつけている。 

「歩け歩け」 

私はかちんと来た。 

歩け歩けと言ったって、道は広いのだ。 

人のことは追い抜いていけばいい。 

「さっさと歩けよ」 

立ち止まって見ているこちらに、罵声を浴びせてきた。 

私は、酔って気が大きくなっている。

 誰か知らないが、他人を見下している人間にはひとこと言ってやった方がいい、と思う。 

「おいお前。喧嘩を売る相手は選んだ方がいいぞ」 

人差し指を、車両上の相手の顔に突きつけた。 

ぷっぷー、とクラクションを鳴らしながら車両がこちらに急発進した。 

私は慌てて横っ飛びによける。 

横をすり抜けざま、男は座席の横から足を伸ばして、私の腕を蹴った。 

痛い。 

頭に血が昇った。 

なんというごろつきだ。

 「この野郎」 

革靴を脱いで、前を走っていく男の後頭部めがけて投げつけてやる。 

運動神経の酔ったコントロールでは命中は難しいかもしれない、と危惧する。 

しかし革靴は、男の後頭部に命中した。 

ぼぐっ、と嫌な音が聞こえた気がした。 

ちょうど革靴つま先の尖った部分が、男の後頭部に当たったらしい。 

がくん、とブレーキをかけたような動きで車両が止まった。 

男の上半身が車体の上で、ぐらぐらと揺れているのが見える。 

やがて車両の側面から、男の体が横滑りに流れて、路上の上に落ちた。 

派手な落下音だった。 

路上の上に伸びたまま、男は動かない。 

 

やってしまった。

私の顔から血の気がいっきに引いた。 

酔いが冷めた。 

憎たらしい男をやっつけたのだが、爽快感どころではない。 

車両横に落ちて倒れている男に近づいた。 

仰向けになっている。 

目を閉じて、大口を開けて天を仰いだまま、泡を吹いている。 

傍らに、私の革靴が落ちている。 

私は焦った。 

喧嘩を売ってきたのは向こうだから、逃げてもいいのかも…と思う。 

だが、こういうときに適切な対処をしないと、後でこちらが痛い目を見るのだ。 

通報しよう。 

覚悟を決めた。 

私は携帯電話を取り出し、うまくまわらない舌で110番と119番に通報した。 

 

現行犯逮捕だった。 

男は意識のないまま捕まり、警察病院に収容された。 

強盗事件を起こして、警察に追われている身だったらしい。 

私は警官に同行して、出向いた地元の警察署で詳細を聞かされた。 

男は海に面した隣県の港で、水産会社の事務所に忍び込み、金庫を狙った。 

だがそのさなかに巡回中の警備員に見つかって相手を暴行し、作業車を盗んで逃亡。 

あんな車両で、隣の県の私の家の近くまで逃げてきたのだ。 

そんな状況でわざわざ酔っ払いの私に絡むぐらいだから、よっぽど粗暴な人間なのに違いない。 

喧嘩を売る相手を間違えたのが奴の失敗だった。

 

私は深夜の警察署でちょっといい気になったが、警官からは喧嘩を買ったことで叱責を受けた。 

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