『日常の悪徳、開き直る悪党』
丸顔を険しくしかめて皺だらけにした中年女性が、前かごのついた自転車に乗って向こうから来る。
私のそばまで来て、突然何事か早口な怒鳴り声をあげた。
ブルドッグが吠える声さながらだ。
自分が怒鳴られたか、と思ったがそうではない。
彼女を追うように後ろからもう一台自転車が走ってきている。
その自転車に乗った男性が怒鳴られたのだ。
彼は女性と同年代である。 夫婦なのだろうか。
男性は意固地な様子で口をへの字に結び、怒鳴られても返事などしない。
目がすわっている。
中年女性の自転車の後ろにぴったりついて走りながら、男性は道端に立って眺めている私をにらみつけて行く。
人間に攻撃的な視線を向ける、ニホンザルのような表情。
二人とも通り過ぎていった。
歩きながら、私は心中穏やかではない。
中年女性が中年女性なら、中年男性も中年男性だ。
胸がむかむかした。
彼らには彼らの理由があるのはわかる。
女性は何か用があって連れの男性を怒鳴りつけただけだし、男性にしても連れの女性に怒鳴られるきまりの悪いところを私に見られて、ああいう顔をしただけなのだ。
それはわかっていても、二人のそれぞれ敵意のこもった顔を目にして、私は不愉快な気持ちが収まらない。
心の中で罵倒する。
すかっとした。
そうやって他人を動物呼ばわりすると、何か強烈な打撃を相手に与えたような気がした。
胸がすくような思い。
その後に、じわじわと後味の悪さが湧いてくる。
他人を動物呼ばわり。
これは、自分の道徳観を激しく揺るがせる行為だ。
また罵倒してしまった。
気持ちがいい。
その後にじわじわとくる後悔の念。
断言できる、自分は明らかに、あの中年の男女よりもたちが悪い人間だ。
動物じみた表情で往来を行く人よりも、往来を行く人を動物呼ばわりする人の方が、性根が腐っている。
悪党だ。
下衆だ。
このうえはもう開き直って堕ちるところまで堕ちてやろう、と思った。
私はかえって誇らしい気持ちになって、口笛を吹きながら歩いた。
家の近くまで帰り着いたとき、顔見知りの近所の主婦とすれ違った。
飼い犬を連れている。
小柄なフレンチブルドッグだ。
私が主婦に挨拶している間に、犬は私の足元に擦り寄った。
人懐っこくて、可愛いのだ。
体を私の足にしきりに撫でつけながら、上目遣いにこちらを見ている。
舌を出して息をしながら、屈託の無い笑顔。
つぶらな瞳。
「すみませんでした」
私は犬に頭を下げた。
どこかの猿園に出向いて、ニホンザルにも謝罪してこようと思う。
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