『手間のかかる長旅(056) 甘すぎるお茶請けクッキー』
時子(ときこ)とヨンミは肩を並べて、自室の真ん中にあぐらをかいて座っている。
二人して、マグカップで入れたばかりの紅茶を飲んでいた。
目の前に、茶器類が載ったトレーを置いている。
トレーの上には、お茶請けのお菓子の紙箱もあった。
ドラッグストアで働いている友人の美々子(みみこ)が、店の売れ残りだと言って時子にたくさんくれた、よくわからないメーカー製のクッキーだ。
生地の中に、ドライフルーツがまばらに入っている。
時子は毒見の意味もあって率先してこのクッキー食べてみたが、生地も中に入ったドライフルーツも、とても甘かった。
歯が浮くような、過ぎる甘さだ。
顔をしかめている時子の隣で、ヨンミはひとしきり泣いて落ち着いたらしく、今はおとなしくなって紅茶を飲んでいる。
「ヨンミちゃんも、お菓子食べてね。ちょっと甘すぎるかもだけど」
「ちんちゃ?こまっすむにだ」
ヨンミは首をかしげながらも、素直に礼を言う。
マグカップをトレーの上に置いて、クッキーの箱から小袋を手に取った。
袋を開けて中身を取り出し、気軽に口にした。 小片を奥歯で咀嚼しながら、微妙な顔つきになる。
「甘いでしょ」
「…ね。せんがっぽだ、たらよ」
二人で、甘すぎるクッキーを食べた。
「これ、美々子さんがくれたの」
「ああ、みみこおんに」
ヨンミはクッキーの味とは別に、明るい声をあげた。
彼女は友人メンバーの誰とでも仲良くしているが、特に美々子と親しい。
それには理由もあって、美々子はある程度、ヨンミの言葉がわかるのだ。
ヨンミも日本語を聞いてわかるので、自分の言葉で話しかける。
それを理解する美々子は、日本語で返す。
それで、意思疎通ができる。
自然と親しくなった。
だからヨンミと美々子の間柄を考えると、時子は少し不思議な気持ちになった。
居場所に困ったらしいヨンミは、どうして自分のところに来たのだろう。
そう思うのである。
ヨンミが言うことをわかってあげられない自分ではなく、美々子を頼った方がヨンミも歯がゆい思いをせずに済む。
また言葉だけでなく、現実的に時子より美々子の方が頼りがいがある人柄でもある。
でもどうして私の家に来たの、とは聞きづらいし、また彼女の言葉で答えをもらっても理解できない。
疑問は胸の中でくすぶった。
おそらくは、休みの不定期な仕事で忙しい美々子が、今日は自宅にいないと思ったからなのかもしれない。
ヨンミの様子からすると、切実だったのだろう。
美々子と比べて、時子の場合、町子(まちこ)と出歩いていないときはだいたい自宅にいる。
時子は、顔をしかめた。
ヨンミがそこまで計算したとは思いたくない。
だがもし彼女から、することもなくいつも家にいる人、と思われているとしたら。
いい気持ちはしなかった。
相手を疑って、自尊心が傷ついた。
隣のヨンミの横顔を盗み見る。
少しは元気を取り戻して、甘ったるいお菓子を、無邪気に咀嚼している顔だった。
まあいいか、と時子は思い直した。
もし仮にヨンミにそれなりの打算があったとしても、それは自分にも利用価値があるという証明なのだ。
ヨンミ側の詳しい事情も知らないまま、時子は一人自分の考えを心の中で弄んでは、喜んだり悲しんだりした。
価格:1,000円 |