『エイのような女たち』
瀬戸内海沿いの、ある地方都市に来ている。
古くから港町として栄えた場所である。
目の前の海に住む魚の種類は多い。
それらを集めた大きな水族館が海沿いに立っていた。
私は、その水族館の中にいる。
館内の展示の目玉、巨大水槽の前に立った。
十種類を超える魚たちが泳ぎ回っている。
皆、地元の海、瀬戸内海の産だ。
水槽内の風景に見惚れる他の客たちに混じって、私は10分ばかりもそこに突っ立って眺めていた。
何度も繰り返し、私の目の前を行き来する魚がいる。
エイだ。
二匹。
ヒレに赤い模様を持つエイである。
つがいらしい。
二匹のエイが絡み合うように、戯れながら、私の前を行きつ戻りつして泳ぐ。
ひらひらとお互いのヒレを触れ合わせながら、二匹で宙を舞う。
人に見せつけている。
私は、不愉快になった。
あいつらの名は何と言うのだ。
水槽の脇、壁に貼り付けられた魚の説明版に目をやる。
エイについてのものを探した。
見つけた。
アカヒレジンメンエイ。
瀬戸内海でも特に、この地域の海域にのみ固有の種類だという。
習性についても説明されている。
成体になると、このエイの雌は雌同士でペアをつくり、共同生活を営む。
このペアに雄が出くわすと、雄はそのうち一体を選び、交尾と産卵を強いる。
産卵の後、雌は雄から離れて、もとのパートナーのところへ戻る。
孤立した雄は、その後新たな雌を見つけることもなく、稚魚の世話をしてその一生を終える。
私は、水槽に視線を戻した。
アカヒレジンメンエイは、雌のみヒレに赤い斑紋を持つ。
雄の方は体は大きいが、何ら特徴がなく凡庸な外見をしているのだ。
先ほどから私の前を横切るつがいは、二匹ともヒレに赤い斑紋を持っていた。
雌なのだ。
雌同士で戯れ合っているのだ。
では、雄は?
私は雄の姿を探した。
水槽の隅で、砂の底に潜んでいる大きなエイの姿がある。
目を砂の上に露出し、頭上の様子をうかがっている。
楽しげに泳ぎ回る、あのつがいを狙っているのだろうか。
それとも、すでにどちらかの雌に捨てられた後なのだろうか。
私は水槽の前から離れ、順路に戻った。
あの二人は、まだ先を歩いていると思う。
数年前に蒸発した妻と、私も旧知の妻の女友達。
その二人がこの水族館にいて、私の前を歩いている。
照明を控えた、暗い通路で身を寄せ合って。
水槽のはめ込まれた小窓を二人で覗き込んでは、はしゃいだ声をあげている。
ずっとお互いの手を握り合っている。
私が二人と出会った頃は、あんなに馴れ馴れしい間柄には見えなかった。
曲がり角で壁に身を隠しながら、私は二人の背中を盗み見ている。
疎遠になった妻の実家を訪ねようと決心して、この土地に来た。
その矢先、二人の姿を目にしたのだ。
誘い込まれるようにして、この水族館の中まで彼女たちを尾行することになった。
やはり二人は私を誘い込んだのだろうか。
アカヒレジンメンエイのつがいを、私に見せつけるために。
思い返すと、私が幼い頃に家を去った私の母も、この土地の生まれだったのかもしれない。
二人に追いつかないように、距離を保って歩く。
重い足取りで水族館から出た。
道の先を行く女たちに声をかける気持ちはなく、私は帰路についた。
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